日本取引所自主規制法人・不祥事予防のプリンシプル(案)の感想 その7

原則6の「サプライチェーンを展望した責任感」では、業務委託先、仕入先、販売先、サプライチェーンにおける当事者としての役割、それに見合った意識、といったキーワードが並びます。

プリンシプル(案)は、納品物の品質・安全性基準の逸脱、委託先担当者による金銭・財物・情報の窃取、協力会社・調達先での人権・労働問題と、多岐にわたる問題を取り上げています。

海外の製造委託先が無断でアレルゲン物質を混入してしまった事例や情報システムの保守会社の社員が機密情報を窃取しまった事例など、自社の管理体制が問題となるケースは良いのですが、資源の調達先で児童労働・強制労働が発生しているといった、いわゆるCSR調達の取り組みは、不祥事予防のプリンシプルの射程範囲を超えていると私は考えます。

国連のビジネスと人権に関する指導原則で端的に述べられているように、調達先に選ぶことによって違法行為に間接的に加担したり、取引中止を盾に正しい影響力を行使できるのに対応しないことは違法行為を実行している者と同等に非難される可能性はあります。解説6-1の「サプライチェーン全体において自社が担っている役割を十分に認識しておくことは、極めて有意義である」との記述は、こうした文脈で解釈が可能です。

私もCSRの推進支援を提供するコンサルタントですから、CSR調達を当然のこととして業務に取り込んで欲しいと願っています。しかし、自社のコンプライアンス、すなわちお客様や従業員に対する説明責任を果たすことだけで精一杯の企業が多いなか、共通適用のルールとしてはハードルを上げ過ぎていると思います。

解説6-2では、委託先の業務遂行状況をモニタリングする重要性を説いています。実務では、リスク個所に絞って作業場での実査、サンプルでの現物検査、共同課題検討会の開催などの方法で牽制球を投げるのが一般的です。

校内請負の場合は、指揮命令・労務管理に直接介入できないのでモニタリングが希薄になるとの意見がありますが、私はそれはおかしいと思います。監査や牽制球は、発注企業の品質管理において必須事項ですから、正面から堂々と要求すべきでしょう。

また、工事関係の事業者では、下請事業者による従業員の労災隠しに注意が必要です。発注企業の現場で発生した労災事故である以上、労基署への報告義務等は免れません。厚労省のポスターには「労災隠しは犯罪です」とあります。下請事業者には、不利益は与えないので正直に報告してくれるようお願いしてください。

 

日本取引所自主規制法人・不祥事予防のプリンシプル(案)の感想 その6

原則5の「グループ全体を貫く経営管理」では、実効的な管理、自社グループの構造や特性、各社の経営上重要性や抱えるリスクの高低、海外子会社、買収子会社、といったキーワードが並びます。

上場会社の財務報告は、欧米にならって2000年3月期から連結決算中心の開示になっています。単独決算の時代、子会社への販売取引で売上・利益をかさ上げしたり、含み益や含み損のある資産を子会社に移転して財務報告を操作して経営が延命を図る不正がたびたび発生しました。

また、会社法も2014年の改正で、内部統制システムの構築義務を親会社単独から企業集団の範囲に拡大し、親会社の株主が直接子会社の取締役等の責任を追及できる多重代表訴訟制度も導入するなど、グループ全体での統治責任を考える時代となりました。親会社の取締役の善管注意義務として、子会社の不祥事も含めた予防システムと危機対応の構築・運用義務があると、法律の考え方も大きく転換したわけです。

原則5は、こうした親会社の義務に基づき、コンプライアンスの管理・判断・対応の規準を共通化し、法人の壁を越えた指揮命令と報告・相談を確保することを要請しています。実務のポイントは次の通りです。
① 子会社内で注意を払うべき事項、親会社に報告すべき事項を明確に文書化して共有する
② 報告すべき事項は、子会社のトップと親会社の役員・本社に同時に報告するルールとする
③ 子会社は随時親会社に報告しながら調査・対策・再発防止・責任明確化を進める
④ 親会社は後見的な立場を基本としつつも、重大な影響が懸念されるときは直接介入したり、専門家・目利きを派遣したりして、親会社の役員の監視義務の履行として、実を伴った対応を促進する

業種・人材・経験の違う組織体でのコミュニケーションにおいては、同じ言葉を使いながら方向性やレベル感が違って当然です。そこに落とし穴が生じます。グループの能力を集めてうまく対応するには、事実の把握や影響の見極めの段階で、親会社のリソース投入を子会社が歓迎することが重要で、そのためには日頃から互いに役員・幹部が接点を持ち、腹を割って話せる人間関係を構築しておく必要があります。

解説5-2に指摘のある海外子会社や買収子会社の統制は、概ねプリンシプル(案)の指摘の通りでしょう。親会社自身が管理能力の限界を冷静に見極め、現地もしくは外部の会計事務所や法律事務所に監査と報告を依頼するなど、親会社の懸念事項を理解できる牽制役(兼)翻訳者を確保するのが現実的な選択だと思います。

ときどき価値観、規則、命令を押し付ける親会社がありますが、相手が倒産の危機にでも瀕していない限り、敵対や反発を招くだけで得策ではありません。組織文化が混ざり合い、一つのグループになるには、世代交代くらいの時間がかかります。親会社の管理能力に余るのであれば、将来の可能性を云々言わず、早い段階で切り離しを考えるのがリスクマネジメントの発想でもあります。

 

 

日本取引所自主規制法人・不祥事予防のプリンシプル(案)の感想 その5

原則4の「不正の芽の察知と機敏な対処」では、早期の把握と迅速な対処、それに続く業務改善、企業文化としての定着、といったキーワードが並びます。

何度も申し上げますが、不正や不祥事は注意して防げるものではないので、問題の早期発見・早期対処、そして再発防止の組織学習こそが組織のコンプライアンスの中核的課題となります。解説4-2のとおり、組織のコンプライアンスは「改善サイクルの実践」であるべきです。

世間を騒がす不祥事が発生すれば社員全員の知るところとなり、一気呵成の横展開も可能ですが、不正や不祥事の予防で大事なのは、現場で把握した些細な規律違反やヒヤリハットを丁寧に要因分析し、組織学習につなげることにあります。

実務で難しいのは、個別に見える現象から帰納法で共通の要因に抽象化する作業であったり、恥ずかしさや怒られる恐怖から内々で処理したがる現場の行動をいかにして突破するかという点です。見せしめにしては可哀想だという理由で、懲戒処分の社内開示に躊躇している会社も少なくありません。でも、現在ではとても危険な発想だと思います。

組織内の意思決定や行動から組織学習の財産を拾い上げる有効な仕掛けを検討・導入しませんと、組織のコンプライアンスは掛け声だけに終わってしまいます。基本は、朝礼・終礼、週報会、職場ミーティング等で報告してもらい、職制からリスク管理やコンプライアンスの担当部署に伝達してもらう形になると思います。その際、失敗は共通財産である、失敗の報告は褒められる、という価値観を浸透させることが前提条件となります。

ところで、人間の倫理観は権力や他人から押し付けられるものではありません。自分の中にある常識を周囲の考え方に照らして再検討し、善悪の基準を軌道修正して行動に反映することで成長します。

組織のコンプライアンスも、役職員に視点を変えて自分の在り方を見直す機会にしてもらうのが本来の目的です。そして、「わかる、できる、役に立つ」と感じてもらえる実用本位の研修が望ましいといえます。推進担当者に多い誤解は、全員共通の正解や有効な対策が必須と思い込み、正確な情報提供と理解度テストに走ってしまうことにあります。

実用本位の研修とは、直面するかも知れない悩ましいグレーゾーンや、あちらを立てればこちらが立たない二律背反の場面を想定し、なにが問題の所在か、判断基準をどこに置くか、調査や対応の注意点はなにか等を考えてもらう機会の提供です。

組織や人の問題に万能の処方箋などあるはずがありません。状況に応じて考える姿勢、他人の意見に耳を傾ける大切さを思い起こしてもらい、注意深く丁寧な仕事を心掛けてもらうのが、組織のコンプライアンスの適切な在り方です。

そうした意味で、なお、解説3-2の「趣旨・目的を明確にしないコンプライアンス活動や形式のみに偏ったルールの押し付けは活動の形骸化や現場のコンプラ疲れを招く恐れがある」、「事案の程度・内容に即してメリハリをつけ、要所を押さえた対応を継続して行うことが重要である」との記述は、プリンシプルとしては蛇足だと思います。書くのであれば、もっと本質をとらえた指摘が必要ではないでしょうか。