女人禁制ルール自体の見直し

4月4日の大相撲春巡業(舞鶴市)で、挨拶中に土俵上で倒れた市長に救命処置を施した複数の女性に、「女性は土俵から降りてください」と行事が場内アナウンスした件と世間の反応について、私の感想を述べます。

日本相撲協会も対応が不適切だったと謝罪していますが、現場がとっさの判断を誤るのは企業のコンプライアンスでもよくある話で、行動規準が衝突した場合の優先順位の徹底不足が主たる原因と考えられます。

例えば、汚染物質の排出回避と担当作業員の安全のいずれを優先するか、仕事の重要機密書類を電車内に忘れて車両から降りてしまったきにホームの非常停止ボタンを押しても良いか、といったケースは、通常の行動規範に書いておらず、研修や講話を通じて役職員で共有してもらうのが私の通常のアプローチです。

組織の現場では、比較衡量して優先順位を判断する習慣を身につけませんと、今回の「女人禁制」のように内部固有ルールが先行してしまいがちです。組織内ではとかく独自の伝統・文化・慣習を強調しますので、特に中堅・若手のメンバーは影響を受けやすく、注意を払う必要があります。

今回の問題でもう一つ気になるのは、日本相撲協会は「公益財団法人」であり、①法人税の非課税、②利子・配当等に係る源泉所得税の非課税、③みなし寄付、④寄付者の税額控除等の特典を与えられているのですが、平等・公正といった自由主義社会の基本的な価値観に反する行動は排除していただきですし、公益財団法人の認可においても考慮されるべきことではないかと私は思います。

2011年の元大関・千代大海の断髪式では、土俵上でハサミを入れることができない母の美恵さんのために、千代大海関が一度土俵を下りたことが話題になりました。男女共同参画の時代、表彰する方が男性か女性かを問うこと自体に意味がありませんし、土俵が女人禁制なら、力士が土俵下におりて授賞すればよいではないでしょうか。

地方には女人禁制の伝統行事が数多く存在します。自分たちの独自の空間でそれを維持することはよいのですが、国や社会から便益を受ける全国規模の団体としては、女人禁制ルール自体を見直すべき段階ではないかと思います。

 

 

国務大臣の内部統制システム整備義務

陸上自衛隊のイラク派遣部隊の日報が防衛省内から見つかった問題で、当時防衛大臣だった稲田衆議院議員が「驚きと同時に怒りを禁じえない」とコメントしたとの記事を読み、強い違和感を覚えました。

民間の株式会社では、現場の不始末を知らなかったと組織トップが責任回避する事態が続いたため、商法から会社法に移行する際に、取締役(会)の内部統制システム整備義務が設けられました。現場からマイナス情報を適時正確に入手して改善する体制作りは組織トップの義務であって、これが正常に稼働しないと取締役の善管注意義務を問われる可能性が生じます。

各省組織の業務執行に対して国務大臣は、民間企業の社長の如くの義務や責任を負わないのでしょうか。調べてみたら、まず「内閣法」では次のように定められています。
・ 内閣は、行政権の行使について、全国民を代表する議員からなる国会に対し連帯して責任を負う。(第1条2項)
・ 内閣は、国会の指名に基づいて任命された首長たる内閣総理大臣及び内閣総理大臣により任命された国務大臣をもつて、これを組織する。(第2条1項)
・ 各大臣は、別に法律の定めるところにより、主任の大臣として、行政事務を分担管理する。(第3条1項)

次に、防衛省の任務・所管事務・組織を定める防衛省設置法には次のように定められています。
・ 防衛省の長は、防衛大臣とする。(第2条2項)

どうも、国務大臣の担当省庁の業務執行に対する義務と責任を法律上明記したものはないようです。民間の株式会社の経営トップのように内部統制システム整備義務がないので、プロセスの分析や改善は議論の対象とならず、謝罪や辞任といった政治的な結果責任だけの議論になる、ということなのでしょうか。

そうであれば、冒頭の稲田元防衛大臣の発言も、構造的な理由から生まれたものであると理解できます。その一方、各府省の幹部人事を決める官邸の人事検討会議や内閣人事局による幹部人事の政治主導が固められています。責任を取らないボスに人事権を握られている状況では、官僚の皆さんの気持ちは晴れないでしょうし、「忖度」して自己防衛したくなる気持ちも理解できますね。

国民としては、お飾りの組織トップでは困ります。国務大臣の内部統制システム整備義務、という議論をしてもよいのではないでしょうか。

新入社員のコンプライアンス研修

禅の世界に「啐啄同機 (さいたくどうき)」という教えがあります。雛が孵化する際にくちばしで殻壁をつつき、それに応じて親鶏が外側から卵の殻をつつき、両者の営みが相応じて卵殻が破られるという意味で、転じて、修行に励む禅僧が師家の一言で瞬時に悟ることの喩えとして使われます。

雛と親鳥が殻をつつくタイミングがピタッと一致して初めて、雛は未知の世界に飛び出ることができます。教育は本人の学びに方向性や深度を示し、本人の力を引き出してあげるものだと私は思います。本人に学ぶ動機や努力がなければ教える効果は期待できません。優れた内容でもタイミングを間違えれば意味がありません。

高卒や大卒の新入社員のコンプラアンス研修について相談を受けることがあります。入社直後に実施する企業もありますが、私は9~10月頃に全員を集めて行うことをお勧めしています。小さなことでも構わないので、会社員生活のなかでの疑問、失敗、憤り、悩みを抱え、自分なりに考えて消化することが大切だからです。

私がお手伝いさせていただく場合は、社員の方に入社直後の研修を担当していただき、就業規則、挨拶等の基本動作、上司・先輩とのコミュニケーション等の基本的な事項を説明してもらいます。私は秋のコンプライアンス研修を担当し、逃げない、隠さない、嘘をつかない、といったべからず集や事例をお話したうえで、グループワークや個人面談を行います。

若い人には高い目標を持ち、目の前の課題に集中し、謙虚でかつ他人に寛容であって欲しいと思います。そのためには、自分なりの考え方ややり方を試行錯誤してもらう必要があります。数時間の研修で、人間の行動が簡単な改善できるわけがありません。

私の新入社員研修は、正解のない世界に飛び出したことを自覚してもらい、自分にも他人にも価値を生む会社員人生を送って欲しい、という切なる願いで内容を考えます。新入社員のニーズや消化能力を考えず、会社の規則を一方的に説明するだけでは「啐啄同機」になりません。