経営トップの暴走を止める手立て

日産・ゴーン元会長らの不正開示・公私混同の疑惑は、同社のガバナンス・内部統制、業績不振の回復、三社連合の提携、今後の民事・刑事裁判など、多岐にわたる論点を抱えたまま、予断のならない状況が続いていますね。

報道されている疑惑が事実であれば、経営トップのお手盛り・公私混同というガバナンスの一丁目一番地のテーマに対して、会社法やガバナンス・コード等の枠組みが実効性を伴っておらず、日産自動車の規模の企業でまったくコントロールされていなかった現実をガバナンス関係者は虚心坦懐に考え直すべきではないでしょうか。

ゴーン政権は、2013年に業績不振を理由に志賀COO(当時)を解任していますし、今回も北米の業績不振を理由に西川社長を解任する意向だったとの報道があります。また、日産の現場から離れる一方、自身の意に沿う外国人役員や幹部で周辺を固め、取締役会を掌握する形で、業務執行、特に重要人事をコントロールしていた様子が各種の報道から伺えます。「ゴーンさんは過去の人」という日産関係者の不満が、10年くらい前から私の耳にも入っていました。

19年という異常に長期な期間をかけて居座り、強烈な人事権が築かれたら、まともなガバナンスが通用するわけがありません。社外役員や委員会を中心とするモニタリングモデルの取締役会は、経営トップが欲ボケしないよう、「強烈な牽制力」を機能させる必要があります。

メディアや専門家は規制の抜け穴を指摘し、「報酬委員会の義務化」や「役員報酬の計算方法の開示強化」を強調しますが、中身を伴わない形式を増やすだけでは改善につながらないでしょう。

開示が厳しいEUの事業報告書では、役員報酬の固定部分・業績連動部分・非金銭報酬の基準と運用、取締役会での討議内容、委員会の判断などに大量なページが費やされるケースが珍しくありません。絶対額の多寡は問題となりますが、恣意的な運用ができないよう、それなりに徹底する姿勢がそこには感じられます。

これに対して日本企業の経営トップは、株主への情報開示を他社よりも充実する意識が低く、報酬の個別開示を極力回避する傾向が強いと思います。しかし、透明性、情報開示、説明責任を伴わないガバナンスはお化粧に過ぎません。報酬委員会や計算方法の開示を強化するのであれは、先進的な諸外国の企業を参考に、現状を否定した、退路を断った厳しい運用基準を導入すべきでしょう。

そして、本質的に考えるべきは、誰か一人の一存で重要な人事が支配され、モノ言えぬ経営機構を作ってしまうことが諸悪の根源だということです。経営トップの暴走を許さないためには、「長期にわたる人的支配の構築」ができない仕組みが最大の防波堤となります。

そのなかで特に私が重視するのは、取締役会メンバー候補者確保と経営トップの後継者計画です。現任トップの推薦者を社外役員が数回面談したくらいで、胆のすわった牽制役を期待できるでしょうか。社外役員が候補者を推薦したり、期待役割について周到かつ継続的にすり合わせることが必要です。

加えて、経営トップの最大任期や定年制も歯止めとして不可欠でしょう。各社で基準任期を制定・開示し、それを上回る任期更新については「やむを得ない理由」を公表するなど、方法論はあると思います。

経営トップの人事では、「余人をもって代えがたい」、「後継人材が育っていない」といった理由で再任を繰り返す状況が少なくありません。しかし、そんな持続可能でない人治主義の企業では、上場会社の資格がないのではないでしょうか。投資家の評価基準でも、後継者の確保は重視されます。

日産自動車のケースを契機としたガバナンス・ルールの見直しが、単なるお化粧に終わらないことを祈ります。

 

謝罪や説明の場面における言葉の選択

河野太郎外務大臣が日ロ交渉に関する記者の質問に対して「次の質問をどうぞ」と4回繰り返してスルーした対応について、12月15日、ご自身のブログ「ごまめの歯ぎしり」で認識の説明がありました。(報道では「陳謝」と表現していましたが、私には「認識の説明」のように感じます)

ブログを拝見すると、まず、交渉内容に関しては記者会見で回答できない旨を繰り返し記者に伝えてきたこれまでの経緯について触れています。また、同記者会見で説明したい他のトピックスが複数あったことへの言及もあります。

そのうえで、『それでも記者には質問する権利がありますから会見で質問が出るのは構わないのですが、11日の記者会見では、その質問には答えられませんという意味で「次の質問をどうぞ」と答えたのです。せめていつものように「お答えは差し控えます」と答えるべきでした。』(ブログから引用)との説明が続きます。

どうでしょう。全体的に、特に『その質問には答えられませんという意味で』と『せめていつものように』といった表現は「上から目線」にとられないでしょうか。ブログの冒頭で「質問を無視しているという批判にはお詫びしてしっかりと改める」としているのに、その折角の謝意を打ち消している印象です。

こうした場面では、自身の説明よりも、記者のメンツをつぶしたことに配慮の足りなさを認める言葉を並べた方が、ご自身の懐の広さを印象付けられたように私は思います。言葉の選択は立場に応じたもので構いませんが、不快感を与えて申し訳なかったという、相手を癒す気持ちが伝わるものでありたいですね。

また、ロシア側の責任者が一定の考えを表明しているのに政府の方針やゴールの説明責任を果たしていないという批判について、『こちらの手をさらしてポーカーをやれというのと同じで、日本の国益を最大化する交渉ができなくなります。』(ブログから引用)と、いささか肩に力の入り過ぎた言葉が続きます。

この点について続く文章のなかで、場外のブラフ合戦は避けて、『日本側の主張は交渉の場で申し上げ、それ以外の場では発言を差し控えようというのが、現在の政府の方針です。』『もちろん、時機がきたらしっかりと丁寧にご説明することは言うまでもありません。』(ブログから引用)と正確な回答に言及されています。

記者会見の質問も交渉戦術的な俗っぽい質問なのですから、『現時点で日露の交渉に影響が出かねないことについて発言は差し控えているということをご理解いただきたい。』(ブログから引用)という門前払いの強い表現ではなく、交渉戦術的なことは回答を控えたい、といなした方が良かったのではないかと思います。ただし、公開されていない部分もあるので、最初から記者と噛み合っていなかった可能性や現時点でも明言できない事情があるかもしれません。

「言葉」がすべてです。謝罪や説明の場面における言葉の選択は、自身の正当性の主張と受け取られず、相手の気持ちや感情を受け止めた上での「配慮あるキャッチボール」であることが肝要です。弁解、正当化、上から目線の匂いが立ったら炎上する危険が倍増します。

本件は、河野外務大臣が覚悟をもって任務にあたられているのですから、外野がとやかく言う筋ではなく、ご自身のお考えやスタイルのなかで行えばよいことです。拙稿は、信頼回復のコミュニケーションの一般論として読者の参考にしていただく目的で公表せていただきました。

河野外務大臣は、国会議員のなかでは群を抜いて政治・行政のビジョンや施策を勉強されていらっしゃいますし、海外の要人ファミリーとのネットワークも築いていらっしゃるので、日頃から応援しています。さらに人物を磨いて、日本のリーダーを目指していただきたいと強く希望します。

 

ジェンダーはビジネスの新教養

ブログの標題は、治部れんげ著「炎上しない企業情報発信」(日本経済新聞出版社)のサブタイトルから引用しました。私は現在入院中で読書三昧の日々ですが、とても示唆に富む出色の書籍なので読者の皆様にぜひ紹介したいと思います。

近年、CM・Webサイト、立場ある人間の言動等で、時代錯誤な女性像が批判を招き、レピュテーションを低下させる事態が増加しています。治部さんは著書のなかで、批判されるポイントを、①働く女性への侮辱、②女性客全般を見下ろす表現、③性的イメージの露骨な表出、④家事・育児を女性の役割と決めつけている、と区分しています。

こうした視点の欠落に、組織の意思決定の段階で気づかない業務プロセスが問題であり、どうすれば異なる多様な見方で炎上を防止できるとかというサゼッションも具体的に紹介され、実務的な内容になっています。

中でも私が感心したのは、ディズニー・プリセンス映画の1937年から2106年のまで13作品の変遷の解説です。

古典的な、白雪姫、シンデレラ、眠れる森の姫では、困難を甘受する受け身的な生き方、優しさを失わない姿勢、プリンスの登場などが主人公に対する時代のジェンダー像が反映されていました。

その後、第二次対戦、公民権運動、女性解放運動、非白人比率の増加等を経験したディズニー社は、到来する新たなジェンダー規範を先取りして、社会的リーダー、民族・性差の区別なし、対立の融和促進、自分らしさの確立等に全力投球するプリンセス像に転換したと、治部さんは解説がされています。

リトル・マーメイド、美女と野獣、アラジン、ポカポンタス、ムーラン,、アナと雪の女王など、自立して社会や家族の難題に取り組む女性像が生き生きと描かれていましたし、そうした価値観に肯定的に両親が子供に触れさせて、若い層には新たなジェンダー規範が自然と染み込んでいる、ということのようです。だから、私のようなおじさん達にはわかりにくいのですね。

こうしたディズニーの戦略は、経済的成功を実現しながら地球社会のサステナビリティを促進する有効な施策で、国連SDG`sのテーマを規範・価値観の側面から啓蒙する素晴らしいビジネスだと思います。

また、治部さんの著書の中では、共稼ぎで子育てをする夫婦を描くパナソニック家電のCMが高く評価されています。家電製品の便利さを押し付けるのではなく、働き方改革か実現したワークライフバランスの取れた生活を描き、見る人に希望を与える点で、私もこのCMには好感を持っていました。

ジェンダー規範は、女性の解放にとどまらず、共同参画社会、サステナブルな社会の実現に向けた取り組みです。そうした観点で治部さんの著書を読まれると、一層理解が深まると思います。