廃墟マンション報道への疑問

昨日のメディア各社のニュースやワイドショーでは、滋賀県野洲市に建つ築47年の鉄骨3階建てのマンションが廃墟同然の姿となり、いまにも倒壊の恐れがあるものの、所有者による自主解体も行政代執行による解体も難しい、こうした廃墟マンションの増加は人口動態に見合った住宅政策を考えずマンション建設を放置してきた日本社会の課題である、との報道がありました。

報道は、所有者9名のうち法人一社が連絡不能なため解体の全員同意が取れない、能州市も空き家対策特別措置法に基づいて「特定空き家」を認定したものの、行政代執行の予算化・業者選定・契約のハードルが高くて進展しない等々、解体が進まない事情の解説が中心でした。つまり、建物解体の難しさについての解説です。

でも、「論点が違うだろう!!、ここで報道すべきは、外壁も崩れ雨風にさらされているアスベストの吹き付けに対してどのように緊急対策をとるかが最優先だよ」とTV画面に向かって思わずつぶやいてしまいました。

例えばアスベスト規制先進国の米国では、1970年CLEAN AIR ACTにおいて、国民の健康に有 害な空気中汚染物の曝露を防ぐために米国環境庁に厳格な規制の策定を求ています。 そして米国環境庁は1971年、アスベストが有害汚染物であると確定し、1973 年にアスベスト向けの詳細な対策ルールを導入しています。

具体的に言うと、アスベスト使用建物の解体は、専門の資格をもつ技術者が、建物を巨大なシートで完全密封し、宇宙飛行士のような防護服を着て作業をします。それほど危険性が高いものなのです。これに対して日本では、健康被害の判明が数十年先であることから、厳密に運用したら仕事にならないと「アスベスト不検出」と嘘を言い、知識や装備のない解体業者に発注する施主や建設会社の横行が指摘されています。

ご存知の通り、アスベストは、肺がん、悪性中皮腫、アスベスト肺などの健康被害を生み、暴露してから20年~40年ほど経過してから症状が現れ、現在は使用が全面的に禁止されています。髪の毛の 5000 分の 1 と非常に細い繊維で、肺に吸入されると生涯滞留し ます。恐ろしいのは繊維一本でも肺に滞留させると命にかかわる病気になりかねない点です。

報道された建物は、地震や台風で外壁が崩れ、アスベストの吹き付けがむき出しなっているようですから、今後、浸食と飛散が進む危険性があります。こうした認識に立てば、近隣住民の生命・身体に危害を加えるリスクは明白ですので、まずはアスベストの飛散防止、次の安全な建物解体の措置を講ずべき責任が所有者にあることは自明の理だと私は思います。

近隣住民の命を奪いかねないこと、その家族の生活を破壊しかねないことを知りながら、所有者も行政も緊急避難の措置を講じず、漫然と状況を放置していることは「犯罪」の責任を問われても不思議ではありません。ですから、メディアはまずそうした急迫のリスクと対応責任の所在を報道すべきでしょう。それができなかったのはメディア関係者の勉強不足であると、厳しいようですがあえて指摘させてもらいます。

拙稿の指摘は、アスベスト被害の重大性を理解している国民全員が心配していることだと思います。土地工作物の所有者が他人の利益を害すれば不法行為責任を負います。これは法治国家として譲れない前提です。手元にお金がないから手が打てないというのは理由にならないでしょう。無辜の民から被害者を生み出さないよう、特に子供の暴露被害を阻止するよう、市、県、厚労省の連携とリーダーシップを望みます。

現場不祥事の再発防止策の好事例

日産自動車株式会社は2月8日、不適切検査に関する国交省の指導内容を踏まえ、型式指定に関する業務改善状況の報告文書を公表しました。
https://newsroom.nissan-global.com/

さすがナショナルブランド企業と感心する出来栄えで、製造現場における不祥事の予防策の標準メニューといえるでしょう。社内で関連業務やを担当される方や第三者委員会に従事する弁護士さんは、今後の参考にされることをお勧めします。

日産の対策は、(i)物的設備に関する施策(システム構築等)、(ii)人的資源に関する施策(体制・教育等)、(iii)制度の改善に関する施策(オペレーション、モニタリング機能等)を有機的に連携させる設計になっています。

そして報告は、Ⅰ現場の業務実態の把握・管理に係る対応とⅡコンプライアンスの徹底と本件の風化防止に係る対応に分けて、各々に属する施策を具体的に記述しています。現場向けと全社向けの二重構造が明確に表現されています。

私が特に評価するのは、人為的な不正を不可能にする物的対策を第一に位置付けて、次の管理・監督の増強を考え、それらを支える格好で社員の意識や監督の手当を説明しているところです。具体的な対策がなく、「意識の改善」だけでお茶を濁す再発防止策を公表するケースが散見されるなか、地に足の着いた仕事になっていると私は評価します。

人間は都合の良いように事実を歪めて解釈しますし、バレなければ手を抜いたり嘘をついたりします。ですから、現場の不祥事対策は、不正をできない物的施策を中心にすべきですし、現場で不正を生まないための投資は経営の責任です。こうした経営の姿勢が香り立つか否かで再発防止策の本気度が評価されるのです。

ここに書かれたことが120%実行され、雨降って地固まるとなるよう、日産の皆さん、頑張ってください。

統計不信問題を巡る生産性の乏しい議論

厚労省の毎月勤労統計の調査方法に端を発した統計不信の問題は、特別監査委員以下のお粗末な運営もあって、野党やマスコミの格好の攻撃材料となっています。しかし、発言者において論点や議論の方向性が一致しておらず、どこに向かって議論を進めようとしているのか、よくわかりません。

その根本的な原因は、与党、野党の各発言が選挙を有利に運ぶためのパフォーマンスに走り過ぎ、主権者である国民の希望を無視しているところにあると私は考えます。この問題は根が深すぎて、政権選択に直結して考えられる国民は少ないでしょう。過小給付の対象者に100%補償できるのかと今の段階で詰め寄る野党議員の姿には、おぞましさすら感じます。民間企業でも自身の立場を守るために、生産性のない会話が続くことがありますので、いまの統計不信の問題を題材に考えてみたいと思います。

不正確な統計は政策を歪める、アベノミクスの成果を根拠づけるデータ自体に疑義がある、といった一般論は正しいでしょう。事実を客観的に把握し、狙いとのギャップと原因を特定し、有効な評価と対策を打つことは、あらゆる仕事の基本です。 しかし、現在の国会は、どのレベルをもって合格内の統計と考えるか、景気判断や政策評価は名目賃金と実質賃金のなかでもいずれの指標で測るべきか、といった入口の決めごとがなく、それぞれが素人っぽい感覚的な抽象論の主張をぶつけ合っているに過ぎません。仕事をしているようでも、問題の解決には一歩も進んでいないと私は感じます。マスコミの報道も似たり寄ったりで、統計専門家による正しい情報が不足しています。そもそも、アベノミクス政策を導入した際に評価の指標や基準を明確に詰めなかった点について野党にも責任があると私は思うのですが・・・そこまで言うと厳しすぎるでしょうか。

一方、コストがいくら高くついても厳密な統計が望ましいと考える国民はいないでしょう。事業者が正確な数値を提供している保証もありません。統計上有効なサンプルを確保しているのであれば、郵送調査と訪問調査の違いにどれだけ意味があるのでしょうか。 ここは、お互いの立場を代弁する専門家に協議してもらい、国民が納得するコストの範囲で、統計上許容できる調査方法を検討してもらい、それを与野党協力して早く公式化することが国民の望むところだと私は考えます。

既に公表されているだけでも、厚労省、国交省、総務省、経産省、文科省、農水省,財務省で不適切な基幹統計が判明しています。おそらく、調査方法に関する法律上のルールが過剰仕様になっており、現場の消化能力も超えているのでしょう。そのような状況で原因調査などしてどんなメリットがあるのでしょうか。なんでも第三者委員会を設置し調査すればいいというものでもありません。また、更迭した前政策統括責任者を予算委員会に証人喚問しても有効な証言が得られる可能性はゼロでしょう。国会の時間を無駄に使わず、組織として責任論のケジメだけつけて、与野党協力して現実的な解決に向かった方が、はるかに国民の利益になると思います。。

野党やマスコミが指摘するとおり、役所が組織ぐるみで隠ぺいしたかもしれませんが、その批判を繰り返しても何も生まれません。民間企業も同じです。済んだことを正論で攻撃するよりも、今後に向けてどのように対策を講じて問題を解消していくか創造力を発揮する方が、はるかにハードルが高く、かつ意味のある議論です。解決に貢献する人と議論をかき混ぜているだけの人をしっかり区別すること、議論の目的と筋道をリーダーがしっかり牽引することが大切です。 どちらが主権者やステークホルダーに向き合っているかは誰の目にも明らかでしょう。