日本取引所自主規制法人・不祥事予防のプリンシプル(案)の感想 その4

原則3の「双方向のコミュニケーション」では、双方向のコミニケーションの充実、現場と経営陣のコンプライアンス意識の共有、中間管理職の意識と行動の重要性、コンプライアンス違反の早期発見、といったキーワードが並びます。

プリンシプル(案)は、昨今の粉飾決算やデータ偽装事件の調査報告書で指摘された、経営トップの独断による目標設定、実態を無視した目標設定、現場の自立性の過度な要求が現場を不正に走らせたとする要因分析に基づき作成されたと想像しますが、組織で働く人間の感覚とは少しズレている印象を受けます。

企業内の目標設定は、経営スタッフと事業責任者や中間管理職とのすりあわせで達成可能な目標ラインが作られ、それに経営者が気合分を上乗せして決定されるのが一般的だと思います。(実現性の裏付けや検証のない、最初からトップダウンの計画は、もはや計画と呼ぶべきではありません)

経営者による上乗せが過剰だとしたら、見直しを交渉する責任は事業責任者や中間管理職にあり、現場は上司から指示された仕事をこなすだけの立場にあるのが通常の役割分担です。一連の粉飾決算やデータ偽装事件でも、不正を指示したのは事業責任者や中間管理職であり、現場の暴走ではありません。

解説3-2では、中間管理職は経営陣と現場の双方向コミュニケーションを支えるハブ機能として論じていますが、組織力学から言えば、業務不正のケースでは、監督責任や結果責任を問われる中間管理職がびびり、部下に不正を強いたり、辻褄合わせを見逃したりするケースが多いと思います。

ですから私は社内研修で、中間管理職がまっとうに仕事をする重要性を強調し、それが正しく実行されていれば部下はおのずとブレない、と説明します。プリンシプル(案)は、経営陣、中間管理職、現場の社員が対等の立場に表現されており、企業の関係者には違和感を与えるのではないでしょうか。

現場の部下が管理職の上司に報告・相談できるのは、その管理職を人間として尊敬・信頼できることが条件であって、部下のために誠実に働く姿を見せることが不可欠です。3-2解説の「現場の声を束ねて経営陣に伝える」というのはその一例と読めます。原則3は、このように読むと理解が深まるでしょう。

 

 

日本取引所自主規制法人・不祥事予防のプリンシプル(案)の感想 その3

原則2の「使命感に裏付けされた職責の全う」では、経営陣のコミットメント、継続的な発信、実態に即した経営目標の設定と業務遂行、監査機能及び監督機能など牽制機能の実効性、適切な組織設計とリソース配分、といったキーワードが並びます。

本ブログで再三述べている通り、組織のガバナンスは経営トップの倫理観以上のものにはなりません。信頼なくして会社なし、法令遵守は最優先の経営方針、コンプライアンスは売上や利益より大切、といったスローガンだけでは、社員の気持ちはますます離れてしまいます。

私が感心した社長のコミットメントは、社員が幸せになるために会社はある、でも自分の行動を客観的に評価するのは難しい、経営トップとして社員と家族を守りたい、怒らないから問題を教えて欲しい、という真心の言葉が並ぶものでした。

社員は、規則やルールだから守るのではなく、経営陣や組織の価値観に共感し、自分も同化することによって、期待される行動をとります。経営陣がコミットメントに一致した行動をとり、社員の声に耳を傾けることで、組織のコンプライアンスは初めて中身を伴うと私は説明しています。解説2-1は、そのように読むと理解が深まるでしょう。

解説2-1には、昨今の粉飾決算やデータ偽装事件を受けて、「実力とかけ離れた利益目標の設定や現場の実態を無視した品質基準・納期等の設定は、コンプライアンス違反を誘発する」とあります。しかし、組織で働くうえでは、仰ぎ見るほど高い目標と適度なプレッシャー、手抜きに対する厳しい叱責がなければ、そこまで本気で頑張れなかった、というケースが非常に多いです。

人間は生来怠け者です。仕事に適度なプレッシャーは必要です。机を叩き、大声を上げる本部長や部門長が、ここらが限度だなと判断して一線を越えないようにする光景は、いろいろな組織で見てきました。不祥事の要因の多くは、関係する役職員の理性と良識の欠如、コミュニケーションの稚拙さ、集団心理の影響あたりだろうだと思います。

各社の調査報告書で、利益目標や品質基準・納期の異常なプレッシャーが強調されますが、無理ならば現場から修正を求めればよいのです。難しければ異動願いや転職を考える道もあるでしょう。社会に迷惑をかけることであれば告発する道もあります。私は、一般社員向けの研修では、「巻き込まれないように距離を置く大人の工夫も必要です」と説明します。声を上げず、逃げもせず、偽装に走るのは自己保身と言われても仕方ないでしょう。

日本取引所自主規制法人・不祥事予防のプリンシプル(案)の感想 その2

原則1「実を伴った実態把握」の解説1-3で、「通常の業務上のレポーティング・ラインを通じて、正確な情報が現場から経営陣に確実に連携されるメカニズム」の重要性が指摘されています。この部分は、不正や不祥事の予防のすべてといって過言でないほど、重要な意味を持ちます。

私は、上から下への指示・伝達を「動脈」に、下から上への報告・相談を「静脈」に例え、動脈を3割、静脈を7割の比率で考えて欲しいとアドバイスします。人間は痛い目に遭わないと本気で予防に取り組もうとはしないので、平時の備えはそこそこにとどめ、兆候や問題を把握したときに迅速に対応するのが無駄のない活動と考えるからです。

ここで重要なのは、「下が犯した問題を上に報告・相談させる」と、上から目線で考えないことです。現場や子会社に対する内部統制システムの整備義務が取締役に問われ、現場の不祥事で会社がとまり、経営トップのクビが飛ぶ時代です。私は、「組織内やグループ内で起こる不正や不祥事はすべて経営層の責任。大事にならないうちに対処できるよう社員に協力を求めると考えて欲しい」と役員研修で説明します。

「怒らないから経営に協力して欲しい」という姿勢のトップであれば、現場からマイナス情報が届きますし、経営トップが対策・歯止めを講じたうえで組織学習の機会を提供すれば、社員は「まっとうな会社」と感じて安心して仕事に集中し、将来問題があれば報告してくれます。

組織は生き物ですから、病気を早期発見・早期治療し、環境に適合した体質や体力を身に着け、丈夫で長生きすることが必要です。つまり、「通常の業務上のレポーティング・ラインを通じて、正確な情報が現場から経営陣に確実に連携されるメカニズム」は、企業が持続するうえで最も重要な要素であり、そのレジリエンス(自発的治癒力)を高めることが組織のコンプライアンンスの本質だと私は考えています。

その他、原則1の解説1-3には、「本来機能すべきレポーティング・ラインが目詰まりした場合に備え、内部通報や外部からのクレーム、株主・投資家の声等を適切に分析・処理し、経営陣に正確な情報が届けられる仕組みが実効性を伴って機能することが重要」の指摘があります。

この個所は、私は認識が違います。内部通報、クレーム、株主・投資家の要求に対応するうえで、実務の最大の障害は、受け付けて検討する担当者や上司のリスク評価能力だと思っています。

ですから、情報を受け付けたら一部署で抱え込まず、複数のラインに直ちに報告・伝達して、会社全体や社会の変化が見えている経営層が会社の対応を迅速に判断する必要がある、できるだけ途中で選別せずに経営層にすぐ届けるべき、とアドバイスしています。

経営層は、部下による料理を待つのではなく、自ら赴くか、もしくは信頼できる目利き人材を派遣するかして、「現場」に足を運び、「現物」を手に取り、「現実」をこの目で見て、事実を把握するのがベストです。