ESGリスクという考え方

昨今、ESGに配慮する投資や金融を紹介するメディアや出版物で増えています。環境(Environmental)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の各種要素への配慮や対応が十分でないとして企業の中長期的な価値を毀損する可能性を”ESGリスク”と呼ぶようになりました。

途上国や新興国の事業拠点やサプライチェーンで人権・労働慣行や環境・資源・生物多様性の問題に直面し、これに加担している、もしくは影響力を正当に行使していないとマスナス評価されるのが、ESGリスクの典型です。従来のCSRでは、一種の善行や陰徳と解釈され、攻撃的なNGOが微少なわが国では企業の経営方針になかなか浸透しませんでした。

現在は、企業選択の重要要素として倫理性を上げる投資家や金融機関、さらには消費者・最終需要者が増えてきましたので、その対応の遅れが何を意味するか、企業の経営者にも理解しやすい状況に遷移したと思います。

最近有名となった事例のひとつに、米国のダコタ・アクセス・パイプライン(DAPL)のプロジェクト(全長1900kmの地下石油パイプライン)を巡る動向が挙げられます。同パイプラインは、先住民族の居住区近くを通過し、文化的にも水源としても重要なミズリー川が汚染されるとして反対運動が続いてきました。河川を関する監督機関や前オバマ政権は開発を条件付きで停止していましたが、雇用創出を第一とするオバマ政権になり、最終許可がおり、昨年6月には商業利用が開始しました。

この問題では、法廷闘争、NGOによる国際規模の反対運動、死傷者が出る衝突が続いています。こうしたなか、昨年初から、100を超える機関投資家が懸念を表明してDAPLの協調融資団に計画の見直しを要請したり、国連人権高等弁務官事務所が警告を表明したりしています。これらを受けて、欧州の投資機関や金融機関が協調融資団からの徹底を表明し、連邦控訴裁判所からも環境影響評価のやり直し命令が出されました。現在、DAPLが継続可能かどうか、微妙な段階にあります。

DAPLは違法行為を犯したわけではありません。しかし、ソフトローの事態となり、資金提供者やコミュニティの行動規準に抵触する影響がどれほど深刻で致命的かを物語ります。こうしたESGの流れは、突然現れたのではなく、国際金融公社(IFC)等のクエーター原則(2003年)、国連の責任投資原則(2006年)等のなど国際イニシアティブが潮流を作ってきました。機会があれば、本ブログでも取り上げたいと思います。

 

 

コーヒーの発がん性警告に関するカルフォルニア州での判決

3月30日、米国ロサンゼルス(カルフォルニア州)の裁判所がスターバックス等の販売事業者に、コーヒーに発がん性成分が含まれているとの警告を表示すべきとの判決を下した旨の報道がありました。どのような背景か気になるので調べてみました。

この裁判は、カリフォルニア州南部に拠点を置く非営利団体が、コーヒーの販売や製造を手がける数十社を2010年に提訴したもので、早い段階で被告に不利な判断が示されたため、セブンイレブンは和解金を支払ったうえ店舗に警告表示を掲げ、スターバックスも砂糖やミルクの付近に警告表示を設置したようです。

今回の裁判で問題とされたのは、豆を焙煎する際に生じるアクリルアミドという化合物で、厚生労働省のWebサイトでは次のように説明されています。

① 炭水化物を多く含む食品を高温( 120 ℃以上)で加熱調理することにより、食品中のアミノ酸の一種であるアスパラギンがブドウ糖、果糖などの還元糖と反応してアクリルアミドに変化する。

② 食品健康影響評価においては、食品由来のアクリルアミドの摂取について、発がん以外の影響については極めてリスクは低いとする一方、発がんのリスクについては、ヒトにおける健康影響は明確ではないものの、動物実験の結果、公衆衛生上の観点から懸念がないとは言えないため、引き続き合理的に達成可能な範囲でできる限りアクリルアミドの低減に努める必要があると結論付けている。

③国際がん研究機関( IARC)による発がん性分類において、人に対する発がん性の証拠は不十分だが、動物実験における発がん性の証拠は十分にあることから、2A(人に対しておそらく発がん性がある)に分類されている。 

カリフォルニア州では、アクリルアミドを含む900以上の物質を含む商品を扱う企業は、プロポジション65(安全飲料水および有害物質施行法)と呼ばれる規制に基づいて、消費者向けに警告表示が義務付けられています。カリフォルニア州では、1986年にプロポジション65が制定されて以来、ありとあらゆる食品に発がん性物質の警告表示が付けられるようになったと聞きます。

よく誤解されますが、国際がん研究機関( IARC)による発がん性分類は「人に対する発がん性があるかどうかの『根拠の強さ』を示すものです。物質の発がん性の強さや暴露量に基づくリスクの大きさを示すものではありません。」(農林水産省Webサイト)

因果関係は否定できないものの、発症リスクの増加が定量化できない情報にもかかわらず、癌=不治の病という固定観念から、「発がん性」という言葉は食品のイメージや消費者の選択に想像以上のインパクトがあります。警告表示を付けながら笑顔で宣伝するのは難しいものです。警告表示のコンサルテーションでは、簡にして要を得た表示を何度も考え直すのが常です。

日本で同様の要求を消費者団体等が提起したら、どのような結論に落ち着くのでしょうか。専門の弁護士さんと議論したいと思います。

 

コーポレートガバナンスの規律の進め方

金融庁から「投資家と企業の対話ガイドライン(案)」が公表されています。このガイドラインは、「コーポレートガバナンスを巡る現在の課題を踏まえ、スチュワードシ ップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードが求める持続的な成長と中長期的な企業 価値の向上に向けた機関投資家と企業の対話において、重点的に議論することが期待される 事項を取りまとめたもの」と説明されています。

記載されている内容は新しいものではなく、両コードの解説書などでも指摘されてきた事項ですが、どの深度まで進めば合格点と決められないことから、すでに十分対応できていると自己評価している企業経営者が少なくないように感じてます。そもそも、ここまで明確な行動規準を金融庁が公表せざるを得ない状況がほんとうにあるのでしょうか。上場企業とはいえ、経営スタイルの多様性はもう少し残されてよいと思います。

スチュワードシ ップ・コードとコーポレートガバナンス・コードが車の両輪となり、質の高いコーポレート・ガバナンスが企業の持続的な成長と投資家の中長期的な投資リターンの確保が図られる、という議論の枠組みに対して、そもそも私は違和感を禁じ得ません。

企業経営の実務から言えば、①顧客・消費者、②社員・サプライチェーン、③株主・投資家・金融機関の三輪車をバランスよく運転するのが、リアルなコーポレートガバナンスのように思います。両コードで整備するガバナンスは、いささか株主・投資家に偏り過ぎている気がします。マルチステークホルダーの考え方は、両コードでも否定はされませんが、実質的な言及はなきに等しい状況です。

企業経営者が、両コードへのさらなる対応に躊躇するのは、こうしたリアルな経営感覚による部分が多いと思います。企業経営にとって、何が持続可能な状態か、どうすれば持続可能に近づくかは、マルチステークホルダーで考えざるを得ません。

ステークホルダーの利益を図り、企業の持続的成長と中長期の企業価値の向上を図ることが株主の利益につながるという言い方も見聞きしますが、より多くの利益還元を求める株主がほとんどを占める現状においては、企業経営に取って得るもの少なく失うもの多しと感じます。

金融庁主導の株主資本主義のコーポーレートガバナンスは、仕組み論が中心で目的論にはあまり踏み込んではいません。企業関係者は、ESGやマルチステークホルダーを中心に、コーポレートガバナンスの規律の進め方を、もう少し広い視点で整理し直した方が良いように思います。