(番外編) 12月1日の日馬富士引退劇に関するエントリーの補足

12月1日の日馬富士引退劇に関するエントリーに質問をいただきましたので私の考えを補足させていただきます。

日本相撲協会は、国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させる事業活動と組織のマネジメントを区別して、前者は力士を引退して年寄名跡を襲名継承した方々が、後者は民間企業の経営経験者が担当するような明確な分担体制を敷くのが適切だと思います。これは公益財団法人の枠組みでも可能なはずです。

喫緊の問題はマネジメントシステムの欠落です。就業関連の諸ルール、べからず集、評価基準、伝達・教育、監査・是正、業績評価など体系的なシステムによる運用を指向するのが望ましいと考えます。伝統、慣例、序列等を残すのは構いませんが、マネジメントの領域にそれらを持ち込むべきではありません。

また、貴乃花親方が日本相撲協会の運営に不満を持ち、公正・透明で禁断的な運営に切り替えたいと希望されていることは、以前の理事長選立候補の時点から明らかです。そうした不満の鬱積が今回の障害事件への対応に現れている様子がうかがえます。氏の改革姿勢を評価する声もありますが、理事長選挙で大勢がそれを否決した以上、協会理事として協会方針に従うのか、脱退して第二相撲団体を設立するのか、相撲から完全に身を引くのか、態度を決めなければいけません。

協会理事の要職まで引き受けながら個人的な不満を隠さないのは、他人のふんどしで相撲取っているにすぎず、極めて小児的態度と言わざるをえません。本人には強い思いがあるのでしょうが、世間には独善的なパフォーマンスに見えてしまいます。協会の改革は別の正規ルートで問題提起すべきでしょう。改革意見と貴乃岩関の被害をまぜこぜにするのはよろしくありません。もう少し主義主張の表現方法を控え気味にし、清濁併せのむ器量を見せませんと、人がついてきません。各界の将来を担う人材なのですから、もう一度よく考えて欲しいと思います。将来に大を成す人材と期待しています。

そもそも組織の変革には「大義」と「人望」が必要です。理で押し切ろうとしても成功しません。理屈先行で失敗する人は会社にもいますよね。組織を方向転換するには、視点と行動を変化する人間を徐々に増やし、その感化や相互影響によって体質が変化するのを待ちます。上から押し付けられたら人は動きません。自分で考えて気づいたと思わせ、意欲をもって工夫と実践を重ねてもらうこと、時間をかけてじっくり取り組むこと、自分の代で終わらなくても継続されるよう仕込むことが大切です。貴乃花親方も本気で各界を変えたいならば、そのくらいの長期的な考え方にたってトップを目指してもらいたいですね。

危機管理委員会の中間報告は、日馬富士にやり過ぎはあったものの愛情を注いでいる後輩の無礼を叱る気持ちが本質であったと説明しており、マスコミ報道も日馬富士弾劾から軌道修正されはじめた印象です。一部には、「モンゴル力士が仲間をかばう発言を鵜呑みにした中間報告はおかしい」という批判記事もありますが、社長が任命した第三者委員会は公正でないというのと同じで、そうした指摘はきりがありません。危機管理委員会のメンバーの見識や技量を軽視するのは失礼です。

警察の事情聴取に向かう日馬富士の涙は、何を言っても無駄な状況に追い込まれた無念さ、愛した人々に手のひらを返された悔しさでしょうか。ほんとうは、最初から仕切り直しをして、伊瀬ヶ浜親方と日馬富士の名誉回復、場合によっては横綱への復位要請ができれば、日本相撲協会も変わったなと応援する気持ちになれるのですが … ありえないでしょうね。