電通違法残業事件の正式裁判の報道で考えたこと

さきほどまで、電通違法残業事件に関する9月22日の正式裁判の関連記事を整理していました。略式命令でなく正式裁判となったことで、同社の労務管理の状況、役職員の認識が明らかになり、他の企業に対する警鐘になる、といった論調が多いようです。私は、今回の裁判では、検察の論告に一番の関心を払いました。今後の同種事件において、それが社会の考え方の基準になるからです。

まず検察の論告は、電通は過去に2回の是正勧告を受けて三六協定を遵守する方針を打ち出したものの、それは会社の利益を優先したポーズに過ぎず、官公庁の入札指名停止処分の回避などが真の目的だったと断定しています。

労務管理でもカルテル防止でも、具体的な予防体制のPDCAサイクルを継続していること、並びに判明した重大違反行為には抜本的な対策を講じたことを証拠をもって説明できるようにしておかなければ、このような認定は避けられません。同種事犯が二度、三度と繰り返すケースでは、なにを言っても釈明に聞こえてしまいますので、最初に徹底的な対策を講じることがポイントです。

ハインリッヒの法則に従えば、ヒヤリハットを10回繰り返せば最低でも1回の事故を経験することになります。まじめな会社はヒヤリハットを経験した段階で抜本的な対策を検討します。予防の対策は、導入するタイミングが重要です。

続いて検察の論告は、労働時間規制に対する認識の甘さや、会社の利益を優先して労働者の心身の健康を顧みない会社の姿勢が引き起こした常習的犯行であると弾劾しています。

電通の山本社長は弁論で「仕事に時間をかけることがサービス品質の向上につながるという思い込みを前提に業務時間の管理に取り組んだ」と陳述したようです。顧客要求を最優先に位置付け、社員の労働時間の上限管理を軽視する企業体質が如実に表れている言葉だと思います。

でも、本当のところ電通社内で起きていたのは、サービス品質の向上ではなく、業績や昇進昇格の行き過ぎた競争意識ではないでしょうか。また、職場や担当者によっては、自分のおかれている状況が把握ができず、憑りつかれたように仕事を続ける一種の催眠状態が職場にあったのではないでしょうか。

東芝事件でも観察されたように、トップによる現実的でない目標指示に対して、できないといえない誇り高きエリート社員達が、判断能力を失うまで仕事してしまう集団心理のようなものがあったのではないかと私は推測しています。

私も会社勤務していた20代後半、ダンピング課税事件への対応で月200時間前後の時間外労働を数カ月連続した経験があります。年齢以上の大きな仕事を任され、普段会うこともない役員や幹部と話ができ、会社全体の隅々まで知ることができて高揚感に満ちた日々でした。いまから考えると無茶な働き方だったと思いますが、組織に組み込まれると自分のことは客観視できなくなるものです。

今回の電通の裁判では、だれのどのような指示に起因して、それが職場にどのように共鳴して、社員の尊い命が絶たれる結果になったのか、つまびらかにされていまん。しかし、そうした構造的な病理をえぐりださなければ、電通の真の再生は難しいと思います。