企業の行動準則の理解について

企業の行動準則(コード・オブ・コンダクト)に関する私の雑感を述べさせていただきます。

まず、一般的な作り方は、短文を並べたコードに付属する形で、行動規準を具体的に解説するケースブック類を作成し、社員に配布して自学習を促したり、社内研修の教材に使用します。その資料には、グローバル企業の規範を参考に、人権、ハラスメント、労働基準、環境、賄賂・腐敗、会計・財務報告、インサイダー取引、偽装・着服等の不正行為等の注意点が具体的に盛り込むケースが多数を占めます。

要請が衝突したときに何を優先すべきか、行動基準を具体的に示すことが重要で、精神的、抽象的な表現で終らないように私はアドバイスします。例えば、「人権を尊重する」という第一層のコードに対しては、「第三者の人権を犠牲にして事業利益の獲得を選択しない」という第二層の行動規準を付属させ、該当する事例で構成する第三層の教材を用意します。

次に、海外の事業拠点への行動準則の展開は、悩みの多いテーマです。行動準則を労働契約の一部と理解する国では、時間をかけても丁寧に納得してもらう必要があります。文化・慣習の違いから問題が発生しやすい賄賂・腐敗、会計・財務報告、偽装・着服等の不正行為等については、日本の親会社から専門スタッフが海外拠点を巡回して研修を実施する手法が浸透しつつあります。

また、労働基準、環境、証券規制等は各国で法規制が異なるため、現地のローファーム等に依頼して遵守マニュアル等を整備する手法も増えています。いずれの導入例も大手企業が中心ですが、発注企業のCSR調達方針を受けて、取引先である準大手や中小企業が導入を検討するケースも増えています。

問題は、組織のマネジメント・システムにおいて行動準則をどのように位置づけるかです。発祥元である米国の大企業が重要視するのは、行動準則の誓約書提出と数時間から数日間に及ぶテーマ別のeラーニングです。これらは連邦量刑ガイドラインに沿った「予防体勢整備の免責・減刑の抗弁」ができるようにしておく対策のひとつです。

行動準則がマネジメントのツールとして効果をあげている例を私は寡聞して存じません。某大学主催のパネルディスカッションで同席した有名な外国企業の幹部は、「意味のないコストであり、できればやりたくない」と楽屋でぼやいていました。バリュー・マネジメントではジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条(Our Credo)」が有名ですが、一つの成功例から後付で効果を一般化するのは、人間の錯覚を利用している可能性もあり、客観的な論証とは言えないと思います。

日本でも、「役員が善管注意義務違反の責任を問われた際の抗弁材料であって、実効性は多くを求めない」という認識が経営層では多数を占めているように私は思います。いろいろなアドバイスが考えられますが、「会社の姿勢表明、マネジメントの優先事項としては有効でしょう。でも、そこから演繹的、直線的に行動を決定するのは危険このうえありません。言葉を借用して正当化に使われていないか注意してください」とお客様には説明しています。

マネジメントは、他人を動かすことであり、利害を衝突することです。一つの側面の見方や簡単な言葉でどうなるものではありませんし、人間の心理や欲望は複雑怪奇です。私も行動準則のサポートを100件近く行っていますが、「きれいな言葉」がどれほど無力か、高い壁に突き返される体験を何度も繰り返しています。行動準則があるからマイナス情報を開示するという牧歌的な経営者や社員はいないでしょう。正直なところ、行動準則の運用次第で組織の在り様が改善できるとは私は考えていません。

ルールや基準を示せば、大方の人間はそのとおり行動するという発想は、研究者や法律家が陥りやすい「幻想」だと思います。組織の重大ミスや不正は、行動準則の不備や不知ではなく、人間の無意識や欲望から生じるケースがほとんどです。この会社で働く機会を失いたくないと思わせる仕事と処遇、そして不正をしてもバレる可能性が大きいと感じさせる牽制のふたつが、企業倫理の根幹だと私は考えます。

注)  当初の原稿は、8月16日付け日本経済新聞「私見卓見」に掲載された弁護士・清原健氏の御論稿との比較で書きましたが、清原氏から該当箇所の削除を求められましたので書き改めました。清原氏にはご不快な思いをさせたことをお詫び申し上げます。