科学的思考に基づく判断の大切さ

12月19日付けの東京新聞に、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の安全性を検証する記事を書き続けてきた医師でジャーナリストの村中璃子氏が先月末、英科学誌ネイチャーなどが主催するジョン・マドックス賞を受賞したとの記事が掲載されていました。ジョン・マドックス賞は困難や敵意に屈せず公益に資する科学的理解を広めた個人を表彰するものです。

同記事によれば、子宮頸がんワクチンは、2013年から定期接種となった12歳から16歳の少女に3回接種する予防方法ですが、体調不良の報告が相次ぎ、政府ははがき等で呼びかける積極的勧奨を同年6月から中止しています。しかし、国内外の疫学調査の結果、体調不良の原因は、思春期に多く見られる「心身の反応(機能性進退症状)」の可能性が高いことがわかってきたそうです。

受賞した村中氏は、国内の接種率が70%から1%未満に急落した現状を問題視し、「科学的根拠を欠いた誤情報があふれ、子供たちが将来、命の危険にさらされるのを医師として見過ごせない。執筆活動で真実を伝えていく」と述べていると記事にはあります。

ここまでの情報では、一人の医師の考え方に過ぎない、重篤な後遺障害の少女が苦しむ姿をTV番組で見た、という反応が予想されます。しかし、WHOが日本政府の勧奨中止を批判し、国内の産婦人学会や小児科学会など17団体も勧奨再開を要望しているとの解説まで読むと、日本政府の中止措置やメディアの報道姿勢が客観性を欠いたもののように思えてきます。

一般国民の関心は、ショッキングな情報や感情に訴える情報に集まりますし、メディアや自称専門家も、リスクを高めに伝えておけば後々責任を取らされることはないとの自己防衛が働きます。素人は統計データを示されても比較判断できませんし、因果関係と相関関係の区別もできません。思春期の娘を持つ両親からすれば、最初は小さな不安でも、危険視する情報が世間に溢れれば、心配が確信に変化します。

我々は、集団になると冷静な判断ができなくなり、個人より極端な方向に走りやすい傾向を持っています。これを心理学では集団極性化と言います。また、集団で討議すると、リスキーな選択を行う傾向があることもわかっています。これを集団極性化におけるリスキー・シフトと言います。コンプライアンスの分野では、風評被害という概念がよく用いられますが、これも同じメカニズムの現象といえます。

西洋医学は、膨大な経験とエビデンスの蓄積に基づき統計的に導かれた診断・治療システムで、まだ未解明の部分はあるにしても、病状を回復するにはもっとも合理的な選択です。これに対し、ビジネスの経営は、将来の価値創造への投資であり、ときには直感や非合理な思考が成功につながる場合もあります。それでも客観的根拠、合理的思考は善管注意義務の必須要素であり、科学的思考の大切さは変わりません。

ビジネスの世界でも個人の生活でも、賢明なリスクテイクが大切と言われますが、我々は無意識のうちに正しさを錯覚し、選択を誤ることが避けられません。客観的な裏付けを備えた科学的思考を中心に置き、そこに自社ならではの特徴や挑戦を追加するのが、責任ある経営判断だと私は思います。

子宮頸がんワクチンの勧奨中止は国民の福祉を重視しての判断だったと推測しますし、勧奨再開の判断も同様に難しいと思います。科学的思考をどこまで中心に考えるべきか、そうした問題を改めて考えさせられる記事でした。

 

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