社員の契約詐欺被害を顧客に直接確認する手法の可否

先日、私が契約加入している某生命保険から「重要なお知らせ」の郵便物が届きました。開封してみると、「同社の元社員  ○○(具体的な氏名) ○歳 退職時に○○(○○県)支社所属が不正の商品加入手続を装うなどして顧客から不正に金銭を詐取していた、同様の取引に関して不審な点があれば返信用はがきを申し出て欲しい」という趣旨でした。

私が不正調査の方法を指導された20年前くらいは、本人の名誉を棄損する可能性があるので、いくら不正の調査といえども、個人を特定できる情報を不特定多数がアクセスできる方法で開示すべきではないといわれていました。某生命保険の調査方法はこれと正反対です。

そこで、金融機関の不祥事対応に詳しい弁護士さんに尋ねたところ、公式ホームページでの公表、新聞での公告、他の顧客への照会は、余罪が十分に疑われるもの本人の自供で解決できない緊急避難的なケースにおいて、隠れている被害を掘り起こす手法として金融機関や保険業界ではスタンダードな対応となっている、とのことでした。確かに、ネットで検索してみると同様の情報開示が次々と現れます。ここまでの状況になっているとは知りませんでした。コンサルタントとして大いに反省です。

金融庁がフュデユーシャリー・デューティーを重視する方針を打ち出している金融機関や保険業界では、被疑者の利益(名誉)よりも顧客本位の業務運営が優先される、会社に迷惑をかけたのだから本人は不利益を甘受すべきだ、ということなのでしょう。たしかに契約詐欺に気付かない顧客が将来ダメージを負うことはあってはなりません。業界の対応は一致したものと見受けます。

その一方で、私のような仕事をしていますと、過ちを犯し、厳しい制裁を受け、損害を賠償したうえで、再就職して人生をやり直している人々を、陰ながら応援することがあります。実名が公表されますと、犯罪事実を知らなかった近隣や友人にもバレてしまい、インターネット上の情報は事実上永久に残り、再就職の採用プロセスで検索されて不合格となり、社会復帰の障害となる可能性は避けられません。

仕事のクライアントから相談を受けたら私はどのようにアドバイスするか考えてみました。状況証拠から余罪が十分に疑われるケースにおいて追加調査を断念する選択肢は難しいと思います。中途半端な調査では監督官庁から経営姿勢を疑われる恐れもあります。他の調査方法が考えられないのに、加害者個人の名誉を尊重するあまり、監督官庁を敵に回し、市場の信頼を損ねるのは、ビジネスの感覚として受け入れがたいでしょう。

やはり、経営判断としては、本人の承諾を得たうえで同様の手法で追加調査することになりそうです。でも、赤信号、みんなで渡れば怖くない、といった強引さが心に引っ掛かります。本人は残りの人生をどのように過ごすのでしょうか。弁護士さんのなかにも、個人の名誉を侵害する可能性が高い調査方法は実施すべきでないと指導する方もいらっしゃいます。

お前はどちらなんだと怒られそうですが、人生のやり直しに寛容な社会であって欲しいと願うコンサルタントとしては、なかなか答えの出ない問題です。なお、ご存じとは思いますが、個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となります。公表記事等の削除を要求できる条件については、 平成29年1月31日の最高裁第三小法廷決定が参考になりますので、興味のある方は読んでみてください。本件の問題を考えるにあたり、とても参考になると思います。