横綱・日馬富士の引退劇について

大相撲横綱・日馬富士の引退劇は、とても後味の悪いものとなりました。その後味の悪さの原因を私なりに考えてみました。

誰かの行為を弾劾的に評価する際は、①公正・中立な調査・判断機関、②手続の公正と透明性、③事実認定の正確性、④結論の妥当性・納得性、⑤結論の再現性・検証可能性の5つの要素が不可欠です。

①については、日本相撲協会は、弁護士を委員長とする危機管理委員会の調査を進めていて、12月20日に結果が公表されるそうです。この進め方でよいと思いますが、貴乃花部屋、マスコミ報道によってムードが作られ、これ以上混乱を生みたくない日馬富士・伊勢ガ浜部屋が涙を飲んだように映りました。当事者や同席者が限られているのですから、発覚から1週間程度で中間報告を公表し、情報の混乱を避けるべきだったと思います。

これを妨げたのは貴乃花親方の非協力的な態度だったかもしれません。所属組織の自浄作用に協力しないのは背信行為ですので、厳正な処分があってしかるべきです。そもそも理事長が調査への協力を要請するという姿勢が間違っていると思います。貴乃花親方も相撲協会に対する不信感を表明するならば部屋ごと脱会しなければ筋が通りません。

②については、日本相撲協会は危機管理委員会、貴乃花親方は警察の捜査、という対立構造を作ってしまっていることが失敗だと思います。危機管理委員会の正当性はあるものの、警察の捜査との関係をどのように位置づけるか、また捜査への影響をどのように回避するか、日本相撲協会の明確な判断と説明が求められます。

今後、両社の事実認定が食い違う可能性もありますので、公表のタイミングなども微妙なリスクを抱えています。現時点では、信頼性のテストを受けない関係者の証言なるものをマスコミ報道が競って取り上げ、日馬富士の名誉を毀損するリスクが心配されます。全体にデュープロセス、人権保障の考え方が不足していると感じます。

③については、警察の捜査結果や危機管理委員会の結論を待たず、推測や憶測の情報が乱れ飛んで、ワイドショーの草刈り場となってしまいました。事実を確認できない行き過ぎた報道は、言葉による「暴力」に思えてなりません。

④については、横綱の品格、模範となるべき立場、国技としての作法など、論者が耳あたりの良い言葉を勝手に使って自分の好き嫌いや価値観を表明しているコメントが多いように感じます。格闘技の世界ですから、暴力的指導が残る可能性は容易に想像できます。これほど国籍も多様化した大相撲ですから、規範やルールは具体的に定義し、制裁措置なども事前提示すべきだと思います。

不当な暴力を追放せよというならば、暴力と指導の区別も明確な議論を重ね、関係者が納得できる公平な基準を明示する必要があります。一定の基準を設けて行動を変えてもらわなければ、なんの対策にもなりません。もし、そうした定義や基準が作れないのであれば、それを理由に後付けで制裁を加えるのは、しばら待つべきではないでしょうか。民間企業ならば、解雇無効の確認や地位保全の仮処分が検討されるような事案です。

さて、今回の騒動から、ビジネスの世界の方々は何を学べるでしょうか。相撲部屋という親方・弟子、実力勝負の世界は、ワンマン経営のオーナー企業になぞらえることができます。トップダウン型の組織は一般的に、上司と部下の関係がすべての単位となり、社会性の吸収や横連携のチーム力が弱く、倫理的な価値観や行動規準もバラツキが大きいと指摘されます。こうした弱点を克服するために、社会の視点を取り込み、透明性と説明責任を実践するコンプライアンス活動が重要な働きをします。

また、相撲部屋が個人商店だとすると、それを束ねる相撲協会のガバナンス力の低さも問題です。個人商店が集まっただけでは価値観も行動もバラバラで、大相撲の価値を守ることは難しいでしょう。現理事長も頑張っていらっしゃる様子はうかがえますが、危難のときこそ公平で強いリーダーシップを発揮していただきく必要があれます。つまるところ、日本相撲協会は、興業の取りまとめ以上の実力がなく、各相撲部屋に対する統治機能はないと、国民の目に移ってしまいました。統治機能の強化は、外部の専門家の力を借りるべきでしょう。

大相撲が単なる興業ではなく国技というのであれば、平幕力士にも品格は求められるはずです。先輩のお小言の最中にスマホをいじるのは問題ないのでしょうか。注意している先輩を睨みつけ、謝罪の言葉もない行為のは不問に付されて良いのでしょうか。民間企業では、社員一人一人に品位ある行動、礼節をわきまえた態度を求めます。これは組織の一員となる以上、当然の責務です。横綱なのだから、という論説には抵抗を覚えます。本件では、企業不祥事をトップ一人の責任に押し付けてしまうメディア報道に似たものを感じます。

伊勢ガ浜親方が記者会見で記者の質問に、自分たちは筋を通した、と無念の言葉を返したのが印象的でした。日馬富士の言葉も率直で理解できるものでした。どちらが大人の対処をしたのか、世間は十分理解していると思います。