山本周五郎の小説「百足ちがい」

企業組織内で不適切な行為が生まれる背景のひとつに、社員を過度な競争意識に導く、組織固有の見えない行動規範があります。規則通り丁寧に仕事をしたり、十分な確認や調整を心がけると、どうしてもっと効率よく量をこなせないのか、と無言のプレッシャーがかかるのが、普通の組織だと思います。

そのプレッシャーに負けると、踏むべきステップを省略したり、嘘の報告を上げたり、それを隠すためにデータを偽装したりする、不祥事の芽が生じます。不条理な扱いにどのようにして上手に耐えるかも、組織で働く人のコンプライアンスなのです。そもそも勝ち負けの論理で人の心を繰るのは安易な方法で、マネジメントとして失格だと思います。

作家の山本周五郎の小説「百足ちがい」(新潮社文庫『深川安楽亭』収録)は私の好きな短編のひとつです。寺の和尚に預けられ、「どんなことがあってもおこるんじゃねぇ、誰かにぶっくらわされても三日、三十日、三ヶ月、三年と我慢するんだ。それでも承知できないときは相手のところへ行ってその魂胆をきくだあ。それでてえげえのことはおさまるだぁよ」とたたき込まれます。出世の遅れに焦りを感じるも、三十歳までじっと待てと諭されます。

主人公が大人になり、三年以上我慢して、どうしても肚に据えかねた五人を一人一人訪ねたところ、彼らは堕落したり、出奔したり、死んだりして、全員がダメになっていました。主人公は、我慢が過ぎると人から笑われ、「一足ちがい」にあらず「百足ちがい」と渾名されますが、悠々とやってきたおかげで、三十歳を過ぎて側用人に召し上げられ、素晴らしい縁談も調います。

寺の和商のセリフが心にしみます。「じたばたしたとって、春が来ねば、へえ、花は咲かねえちゅうこんだ。落ちついてやるだよ。そうだ。なにもせかせかすることはねえだ。ゆっくり腰据えて、するだけの事をこつこつやっとれば、それだけのものは、いつか、必ず、身にめぐって来るのだ。」「みんなが出世する、…したかするがいいだ。なに構うべえ、みんなはみんな、おめえはおめえよ、…人それぞれ世はさまざま、宰相もいれば駕籠かきもいるだあ」

会社員の皆さん全員がこんな気持ちで働けたら、私のようなコンプライアンスのコンサルタントは失業するでしょう。でも、その方が社会にとって幸せに違いありません。私たちが無意識にすり込まれた価値観や行動規範のうちのなにが、泰然と構える生き方を邪魔しているのでしょうか。「大学卒業」が必ずしも良い就職に結びつかなくなり、さらに結婚、子育て、老後といった将来への不安も要因のひとつだと思います。

でも、自分の生き方を大事に考え、仕事との距離感をはかる人が増えてきたら、日本の企業も変わると期待しています。企業のコンプライアンスは、注意深く丁寧に働くことに対する組織と自分の考え方が大きく影響すると思います。