富士フイルムHDが富士ゼロックスの経営に直接踏み込こまなかった背景

私は富士ゼロックス本社に25年間勤務しました。同社の海外子会社の不正会計問題に絡んで「親会社の富士フイルムHDは富士ゼロックスの経営にどうして直接踏み込まなかったのか」と複数の方から質問を受けました。富士フイルムHDの管理・監督の怠慢と決めつけている方もいらっしゃるようなので、広く知られている情報の範囲ではありますが、同社の元社員として理解している背景を整理しました。あくまでも元社員の個人的な解釈ですので、そのようにご理解ください。

富士ゼロックスは、ランク・ゼロックス(米国ゼロックスの英国子会社)と富士フイルムHD(当時の名称は富士写真フイルム)の出資比率50%対50%の合弁会社として1962年に日本で設立されました。富士フイルムHDの目的は、主軸技術の銀塩写真に取って代わるかもしれない乾式複写という新技術を囲い込むことにありました。この重要プロジェクトは、富士フイルムHD社長の小林節太郎氏が牽引し、米国ゼロックスの創業時の経営者であり50年以上も前に高潔なCSR経営を実践されたジョー・ウィルソン氏との厚い信頼関係の上に、複写機の輸入販売事業としてスタートしました。

富士ゼロックスの初代社長には小林節太郎氏が就任し、富士フイルムHDから転籍した幹部候補の若手数名が組織や仕事を指揮しました。指揮官のみなさんは頭脳明晰で、人格、行動力とも卓越した方々でした。米国ゼロックスの洗練され自由闊達な社風への憧れ、中途採用が多くを占める多様性に富んだ社員構成が特徴です。1978年、長男の小林陽太郎氏が組織トップを引き継ぎ、海外を含む生販一体事業に発展したのが現在の富士ゼロックスの基礎です。1970年代のビューティフルキャンペーンに代表されるように、時代の先取りや主張の強さを企業ブランドとしてきました。

1980年代には富士フイルムHDから移籍された竹中治夫氏(元専務)の情熱あふれる指導によって富士ゼロックスの技術陣の仕事の進め方が格段と進歩しました。今でも竹中語録を大切にしている技術陣やOBがたくさんいます。私の先輩社員には、富士フイルムHDの強い組織統制と細密な仕事の進め方に学ぶべき点が多いと考えていた方が少なくありません。組織文化や行動様式は違いましたが、富士フイルムHDのマネジメントへの尊敬の念は、現場には強くあったと記憶しています。

その後、1990年にランク・ゼロックス社からアジア太平洋地域4カ国の経営権・所有権を取得、2001年には出資比率が、富士フイルムHD75%対米ゼロックス25%に変更となり、富士フイルムHDの連結子会社となりました。そうした状況に至っても、富士フイルムHDは常勤の役員・幹部を一気に送り込むことはせず、経営全般の効率化や利益率の改善以外には、経営の細部に口をはさまない姿勢を堅持しました。もちろん、富士フイルムHDの歴代社長は、富士ゼロックスの取締役会では厳しいご指摘をされていましたし、私も取締役会の裏方の仕事を担当しながらその斬り込みの鋭さに圧倒されていました。

親会社の富士フイルムHDが富士ゼロックスの経営に直接踏み込まなかったのは、富士フイルムHDの元社長を務められた小林節太郎氏、その長男である陽太郎氏の人間性、経営手腕、実績に対する敬意と信頼、さらには米国ゼロックスとの共同事業契約への配慮からだと先輩社員から教わりました。それゆえ私は、基本的な経営は富士ゼロックスに任されている、富士フイルムHDには大事なことだけを報告すればよいという理解で仕事にあたっていました。こうした理解は、当時の富士ゼロックスの社員にほぼ共通していたと思います。

富士ゼロックスは、高潔なふたりの経営者の絆で誕生した稀有なる合弁会社ですし、小林陽太郎氏のスタイリッシュな経営に社員全員が憧れて強烈なエネルギーを発揮できた典型的なベンチャー型の企業です。富士フイルムHDの歴代の経営者は、上記の理由に加え、そうした富士ゼロックスの独特の強みを理解して、一定の距離感を維持したのだと私は考えています。それが経営として正しい行動であったか否かは歴史の評価を待つほかありません。しかし、そうした「親会社の思慮深い見守りの姿勢」がなければ富士ゼロックス事業の成功はなかったと思います。

私が富士ゼロックスでの勤務から学んだのは、「合弁事業は契約であり、契約は信頼関係である」という点です。今回の不正会計問題が「親子間のガバナンスや内部統制が弱かった」の一言で片づけられてしまうと、相互信頼や権限移譲という「事業を成功に導く本質的な要素」がそぎ落とされてしまわないか心配です。事業の持続可能な成長と企業価値の向上は、つまるところ社員の持てる力をどれほど引き出せるかにかかっています。管理・監督の強化は、その副作用として指示待ち社員やヒラメ社員を生む「諸刃の剣」であることに注意が必要です。

私が修業時代を過ごしていた頃の富士ゼロックスは、小林陽太郎氏の清濁併せのむ度量の広いリーダーシッブとそれを許す富士フイルムHDの絶妙なさじ加減が相乗の効果を生んで、活気ある職場を作っていました。富士フイルムHDによるグループ・ガバナンスの強化が既に公表されていますが、管理至上主義に陥ることなく、役職員一人ひとりの自律と研鑽を促し、積極的な失敗を奨励する仕掛けを導入して、組織病の回復をはかっていただきたいと思います。

最後に富士ゼロックスの関係者にお願いします。富士ゼロックス本社は、トップ層の反応を忖度して仕事をし過ぎました。カリスマ経営者から集団指導体制に移行した段階で、本社スタッフは「リスク情報や意思決定の透明化」に工夫を凝らす必要がありました。その結果として、職業倫理や世間の常識の変化に鈍感な組織風土に陥ったと思います。25年間勤務した私も責任の一端を感じており、皆様と一緒に率直に批判を受けます。今後は、富士フイルムグループの一員である自覚を強く持ち、勉強不足や力不足をおおいに反省し、若い世代や海外の人材を積極的に登用して、圧力に負けず正しさを貫く企業、海外拠点の仲間からも信頼される本社に作り直して欲しいと願っています。どうぞ頑張ってください。