内部告発礼賛論の危険性

先日、某新聞社の記者と会話した際に、内部告発への過大な期待を聞き、少々心配になりました。最近、監督官庁が動き、報道を賑わす企業不祥事の多くが内部告発をきっかけとしたことから、内部告発が増えれば重大な不正が浄化され、企業経営の健全化が進むという論調もありますが、現場のコンサルタントとしては疑問を禁じ得ません。

他社の不祥事を見て、現場の業務運営の徹底実査を指示する経営者がいます。組織運営は自浄作用を基本としますので、これは正しい姿だと思います。一方、内部告発は、問題を提起したが取り合ってくれない→それどころか問題をもみ消そうとしたり脅したりする→こんな経営陣や管理職では対応は期待できない、といった告発者の心理から実行されます。つまり、経営陣や管理職に対する不信が著しい組織で内部告発は発生すると考えられます。

こうした経営風土の組織で不正が内部告発されますと、経営や管理の脆弱性が馬脚を現し、大変な混乱と利害対立のなか、対応チームによる公表シナリオの作成が進みます。すべての企業がそうだと申しませんが、内部告発は経営や管理の不備を前提としますので、その当事者が調査・対策を行うのは無理があります。

組織的で重大な不祥事は、経営陣の個性や現場の価値観を背景とすることが多いので、真因に肉迫するのは難しく、公正で意識の高い経営トップ自身が斬り込みませんと、組織のウミを出すことができません。こうした条件や準備のないところに内部告発が増えますと、中途半端で表面的な対策が一般化してしまい、かえって問題に蓋をしてしまうのではないかと危惧します。

弁護士・会計士で構成する独立第三者委員会が設置されても、違反事実の証拠調べと認定が精一杯で、外部の人間が短期間に真因をえぐりだし、対象組織の現場が納得して再発防止に協力する調査結果が出せるかどうか、方法論としては微妙なところだと思います。

結論として、組織の運営は、職制を通じた報告・問題提起、自浄作用による調査・問題解消、再発防止の歯止め、必要ならば公表・説明、というメインルートを強化・充実するのが本務で、内部通報は非常装置、内部告発は経営の敗北と考えるべきでしょう。内部告発される前には、自浄作用のチャンスがなんどかあるはずです。企業の経営は、そこを大事に考えて欲しいと思います。そして社会は、内部告発という劇場化を楽しむのではなく、自浄作用の強化に努める経営を評価・支援する価値観を強めていただきたいと思います。安心で良い企業活動は、社会的制裁の前に健康促進があってこそ生まれるのではないでしょうか。