公益通報者保護制度に対する疑問

最近、内部通報と公益通報の「混同」が気になっています。内部通報は「組織内において構成員や関係者が経営層にリスクを知らせたり被害の救済を求める情報の伝達」であるのに対し、公益通報は「国民・市民・消費者・地域社会に損害や悪影響を与える違法行為を組織の構成員や関係者が行政機関や報道機関に知らせて公益の維持確保に資する行為」です。言葉は似ていますが目的や性格が全く異なるので、考えるべき要素も違ってきます。

我が国の公益通報者保護法は、英国公益開示法をモデルに作られました。英国公益開示法は、海峡連絡船の金属製の手すりの修理が必要と従業員が経営者に進言したのに、経営者が対応を放置し、結果として乗客の転落事故を招いた事件をきっかけに、告発者を解雇や不利益のリスクから守ることによって社会に有益な告発を誘引する目的で1998年に英国で制定されました。法分野としては、解雇無効等を法律効果とする労働法の一種です。

私が公益通報制度に懸念を抱いているのは、こうした告発(公益通報)を奨励しているのが監督行政であり、行政上のメリットを享受する一方で、個人の痛ましい犠牲に対する配慮がなく、あまりにもバランスを欠いている点です。米国では公務員の不正等の取締りにおいて、告発者に対する報償金が整備され、実際に活用されています。その根拠は、捜査コストより安価な報償金であれば取締りの目的の実現において合理的な方法である、という考え方にあります。独禁法違反のリーニエンシー制度のように刑事訴追の免除や刑の減免で告発(公益通報)を奨励する方法も考えられます。

公益通報者保護法の立法時に日本でも報償金の是非が検討され、結果的に見送られました。「市民感覚に基づいた正しい企業行動を実践して、組織内に不正や重大なリスクがあれば勇気をもって声をあげることが公正な社会の実現につながる」という主張は正論かもしれません。しかし、家庭の平穏を壊し、誹謗中傷、怨嗟の声、人間関係の喪失を我慢しても信念を貫く意思がなければ、告発(公益通報)はできません。国からの特別な補償・支援もありませんので、生活のリスクを背負うことになります。

2004年11月、ブリティッシュ・カウンシルと明治大学の共催によるシンポジウム(筆者もパネリストとして参加しました)の基調講演で、英国公益開示法の立法に尽力したイギリスの弁護士でNGO”Public Concern At Work”事務局長であるガイ・デーン氏は「公益通報で告発者が幸福になった例を私は世界で知らない」と発言しています。

わが国でも、Y食品の牛肉偽装・助成金不正受給を告発した「西宮冷蔵」社長の苦境がしばしば報道されています。Y運輸の長時間労働と残業代未払を告発して厚生労働省で記者会見した30歳代の元セールスドライバーも、昨秋会社を辞めたのちに地元の労基署に違法な労働実態を伝えたと報道されています。

公益通報制度は、「公共の利益のために通報者に犠牲や損害を負担してもらっている」、「その代償措置は国や自治体が負担しなければならない」という視点を加味して制度設計すべきであると私は考えています。