Your Company v.s. My Company

ご存じのとおり、出光興産の公募増資計画に対して創業家株主が新株発行の差し止めを求めた仮処分の申し立てに、東京地裁は却下を、また東京高裁は即時抗告棄却を決定しました。出光興産は7月20日を払込期日とする公募増資を完了し、創業家の持ち株比率は33.92%から26%程度に低下したと報道されています。

法律家の注目は、東京地裁の決定が、出光興産の経営陣が自らを有利な立場におく目的が存在したと認められるとしたうえで、それが新株発行の主要な目的とまでは断定できないと指摘したのに対し、東京高裁の決定は、(第三者割当とは異なり)公募増資による新株発行では出光側に反対する株主らの支配権を弱める確実性は低い、昭和シェル石油との合併承認議案を目的とした臨時株主総会を直ちに開く可能性は低い等々、詳細な判断に踏み込んでいる点に集まっているようです。

本件で私が違和感を感じるのは、(1)創業家株主の姿勢にはYour CompanyでなくMy Companyに匂いを強く感じること、(2)創業家株主の主張には「石油元売りの勝者なき不毛な戦い」から脱却するシナリオが見えないこと、(3)従業員、特約店、販売店といった「縁の下の力持ち」の意向が伝わってこないことなどにあります。持続可能な成長やマルチ・ステークホルダーへの配慮はコーポレート・ガバナンスの基本ですが、そうした「大義」への評価がなく、錯綜する戦術論に報道や評釈が集まっている点が残念に思えてなりません。

私が6月まで社外取締役を務めた大東建託は、創業者の多田勝美氏が37年間にわたって代表取締役を務めて同社を大企業に発展させましたが、一括の退職慰労金を受け取られたうえで、会社との関係を一切絶たれました。とても見事な引き際です。同社は現在、強い収益モデル、従業員のモチベーション、株主還元率の高さを特徴とするPublic Companyとして飛躍的な成長を続けています。もちろん、創業者の薫陶を受けて育った現経営陣が意見を拝聴したり、叱咤激励されたりすることはあるでしょうが、それは個人の責任において行われ、会社の運営とは一線を画しています。

権力争いが激しい組織では、中間層が保身に走り、現場の従業員は将来への展望を失います。一人の天才が画期的な判断で会社を永遠の大成功に導くことはありません。聖書の言葉「新しいぶどう酒は新しい革袋に入れるものだ」(マタイ福音書 第9章17節)のとおり、染みついた古い習慣は環境変化への対応を邪魔します。機関決定でトップの立場を譲った方は、陰になり日向になり支援し、ときには厳しく注文を付け、新たなリーダーと組織の屋台骨を支える人材を支えて欲しいものです。

読者のみなさんは「狡兎死して走狗烹らる」(こうとししてそうくにらる)という中国・史記の言葉をご存じでしょうか。うさぎが死ぬと猟犬も不要になり煮て食われるとの意味で、敵国が滅びたあとは戦勝に貢献した功臣も不要とされて殺されることの喩えです。権力争いは後に焼け野原を残すだけです。禅譲を基本に、従業員、得意先、協力会社の安心・安全な暮らしを考えることが、経営者の品格だと私は考えます。