企業経営と人権の尊重

ご存じのとおり、トランプ米大統領は人種差別や奴隷制を容認したと受け取られかねない発言によって、支持者離れや側近の造反を招き、その立場を危うくしています。思想・信条の表現は自由ですが、意見の異なる相手の人間の尊厳や人権を否定するやり方は禁じ手です。この双方を同列に並べて喧嘩両成敗と評することは、自由主義の否定ともいえます。政権顧問の一人は、「トランプ氏は間違いを認めるよりも差別主義者と呼ばれる方をとる」と語ったそうで、米国民はたいへんな人物をリーダーに選んでしまったとつくづく思います。

ところで、この「人権」というテーマについて、ビジネスの諸活動でも一定の配慮を求めるのが国際的な潮流になっています。代表例として、2011年に国連・人権理事会で採択された「 ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合『保護,尊重及び救済』枠組実施のために」という国際基準があげられます。

この指導原則では、①人権を尊重する責任を果たす方針策定と開示による経営のコミットメント、②人権への影響を特定し、それをどのように防止・軽減するかを明確にする人権デュー・ディリジェンス・プロセス、③企業が引き起こし、または助長する人権への負の影響からの是正を可能とする救済プロセス、の3点を企業に求めています。

そもそも「人権」という概念が難しいですね。私はこれを、「人間である以上当然に享有すべき権利の総称」を理解しています。思想・信仰への干渉、不当な差別、プライバシーの侵害、強制労働、児童労働、劣悪な労働環境、職場でのハラスメント、最低水準を下回る賃金・労働条件、労働基本権の侵害、現地住民の生活破壊などが、ビジネスに関係の深い人権侵害の典型例です。

人権の問題は文化・習慣や当事者の社会的立場によって判断基準が異なりますし、人権リストに記載のない人権も尊重する必要があります。また、直接的な人権侵害だけでなく、サプライヤーによる人権侵害に業務委託や調達行為を通じて間接的に加担したり、ビジネス上の影響力を行使できるのに人権侵害を黙認したりすることも重大な責任問題に発展します。

例えば、不適切な鉱山開発や森林伐採は、環境破壊という悪影響のほかに、現地住民の生活基盤の強奪、過酷な強制労働、未就学児童の労働、性犯罪の多発など多くの人権侵害を引き起こしますので、その鉱物資源や木材・木質商品を購入した先進国の企業に対しても、国際規模で強い批判が起こる可能性があります。

組織内では「差別」の対策が特に重要です。「不当な差別」とは、性別、性的指向(LGBT)、年齢、民族、肌の色、国籍、出身地、容姿、身体的特徴、宗教、財産、身分・階級、政治的信念、思想信条等を理由として、採用、給与・賞与、昇進・昇格、教育訓練、退職などに際し、不利益な扱いをすることを言います。不当な差別は、差別された人に精神的・経済的被害を与えるだけでなく、組織やチームの倫理観や相互信頼を破壊し、事業の達成力や競争力を低下させるリスクを増加させます。

企業の経営においては、不当な差別がもたらす影響の重大性を認識し、採用・昇進・処遇・教育機会等においては恣意性が介入しない客観的な評価基準を用いるとともに、個人の尊厳と価値観の違いに十分配慮して相互理解を深める組織文化を追求することが大切です。そして、不当な差別の疑いが判明したときは、迅速に調査し、被害者の救済と再発防止に向けて十分な措置を講じる内部体制を整備しておくことも不可欠です。

 人間は、衣食が足り、尊厳や権利の平等が守られて初めて、責任ある生き方や社会への貢献が可能となります。仕事の場では、競争や排除の論理ではなく、理性・良心・協力の精神をもって強い絆(エンゲージメント)を築くことが大切で、それが企業の持続可能な成長につながると私は考えます。