もっと理解したい方へ

1. コンプライアンスってなんのこと?

東日本大震災復興予算の行政による「流用」が次々と明らかになりました。たとえば、反捕鯨団体シー・シェパードの妨害活動に対する安全対策費23億円は、「南極海の鯨肉の安定供給が鯨肉加工の盛んな石巻市周辺の復旧・復興につながる」というのが政治家や官僚の説明です。こんな詭弁では、被災地復興の支援を信じて増税を受け入れた国民の怒りは収まりませんね。

現実の社会では利害関係の異なる人々が折り合いをつけながら暮らしています。ルールには違反しなくても、他人からみれば「自分勝手」と感じられることや我慢している人が「だまされた」と感じることは無限にあります。ですから、唯一無二の答えがない問題にも相手の立場を理解して精いっぱい配慮する姿勢が足りないと、「誠実でない」と批判を受けます。

人口減少、マイナス成長経済で生活が苦しくなった人々は、自分の利に走るせこい人間に容赦なくバッシングを浴びせます。水に落ちた犬を打つことで溜飲を下げる風潮というのは褒められたものではありませんが、他人のねたみや嫉みととぶつかり、心が傷つきながら暮らしているのが多くの人々の姿です。

「法令を順守して誠実に行動します」という決まり文句が陳腐に感じられるのは、現実の社会での利害衝突の厳しさや人間心理の複雑さを、良識ある大人は痛いほど理解しているからでしょう。コンプライアンスの本質的価値は、ルールでは解決できない利害の相克について、相手がなにを期待しているか、何が社会にとって善い行いかを考えて、個人として組織として「配慮ある行動」を貫くことにあると私は思います。

2. 批難に「なる」か「ならない」かの分岐点

某電力企業の「やらせメール事件」を覚えていますか? 原発再開の県主催説明会に際して、役員から指示を受けた電力企業の課長級社員が、賛成メールを自宅から送るよう社員に呼び掛けた事案です。事業を請け負う民間企業が政策を促進する世論作りに協力する例は珍しくありません。賛成メールを呼び掛けた課長級社員は、ある意味で真面目な社員だからこそ、上司の命令に忠実だったのでしょう。

では、なぜやらせメール事件はマスコミや国民から厳しい批判を受けたかというと、福島第一原発爆発事故を背景とした「世間の空気」の急激な変化に反応できなかったからだと思います。ある出来事や経験で世間の潮目がガラッと変わることがあります。大義の立たない行動は誰も援護してくれません。下手に援護すると自分も世間からバッシングを受けかねません。

現実の社会では、ほめられた行為ではないにしても、ものごとを円滑に進めるために、多少節を曲げた方が無難に収束できるケースはあります。グレーゾーンから遠ざかってリスクを取らない選択肢はきれいですが、そうでない選択も一概に否定すべきではないと思います。ただし、そうした行動を許している「世間の空気」がどう動いているのか、どのくらいの期限で改善を図るべきか、どのような言動に注意すべきかを関係者が共有して、言葉を選び、慎重な態度であたりませんと、落とし穴にはまります

最終的には腹を括って自分で決断せざるをえませんが、その際にも、自分の判断力を過信しない、他人の批判や注意を軽視しない、専門家や第三者の意見を聴く耳を持つ、といった謙虚さを忘れないことが、成熟した大人の「責任の果たし方」なのだと私は思います。

3. 失敗からの学習を奨励する組織文化

役員や社員の判断や行動において組織文化の影響は少なくありません。「能力や倫理観は努力しても変えることができない」とあきらめている組織では、ミスへの制裁や非難を恐れて、問題が上に報告されない傾向にあります。ミスの隠ぺい工作、仕事の手抜き、改善行動の逃避など、不適切な行動が多い組織には、こうした固定観念が共通して感じ取れます。

一方、能力や倫理観は努力によって向上すると役員や社員が感じている組織では、ミスや失敗から学習する価値観が一致しており、オープンで協力的な傾向にあります。ミスや不正が皆無とは言いませんが、実効性の高い再発防止策が採られ、それが浸透・定着しますので、時間経過のなかで件数も減少するように感じられます。

コンプライアンスで一番難しいのは、役員や社員のマインドセットをどのように変えるかという点ではないでしょうか。コンサルタントとして関わるなかで、ここは「オープンで風通しのよい組織」だなと感じるのは、合理的に挑戦して失敗を犯した者を批判せず、再発防止に努める流れができている組織です。失敗を学習の機会、将来への投資と考え、あえて失敗を繰り返すことで最善の解答を見つける組織であれば、ミスを報告しても非難される可能性は低いでしょう。

政府の日本経済再生戦略でも起業精神の重要性が叫ばれるなかで、先進諸国のなかで失敗に対する恐怖心が一番高いのは日本であるという民間の調査結果があります。日本企業の生産性を向上させるには、こうした失敗に対する意識変革が必要ではないかと私は思います。

4. ソフトの充実こそ組織トップの仕事

都道府県や市町村の内部統制を強化して、不祥事や業務上のミスなどを防ぐ首長の責任を明記する地方自治法改正が平成29年6月に成立しました。首長は防止のための基本方針と実施計画を策定して人事体制の見直しや業務プロセスの改善を進め、内部統制状況評価報告書を1年に1回作成する、報告書は自治体が設置している監査委員の監査を受けて議会に提出し、住民の代表である議会のチェックを定期的に受けるという念の入りようです。

金融商品取引法(J-SOX)で上場会社に義務付けられた内部統制評価報告制度も、規程類や契約書の整備など副次的効果はあったかもしれませんが、不祥事や業務上のミスに低減につながったという実感はありません。著名企業の会計不正スキャンダルもあとをたちません。不正監査のように特定の疑いを持って徹底的に切り込むのとは違い、日常業務の内部統制は性善説に基づいています。ましてや担当者から説明を聞き、仕組みやサンプルをチェックする程度で、情報の真実性や正確性の裏付けを確認できるとは到底思えません。

規則・仕組み・実行・監査など内部統制システム(PDCA)はハードウェアにすぎません。統制環境と称される組織風土、倫理観、リーダーシップ、そして役職員の動機づけと責任感など、優秀なソフトウェアを装備しませんと組織は正しい方向に動きません

組織運営に必要な独自のソフトを考えて整備し続けることが、組織トップや幹部の仕事であると私は思います。冒頭の地方自治体の例では、市民・納税者を向いた仕事、業務・会計・人事の透明性をどこまで徹底できるか、その自治体の首長や職員の意識改革が重要になるでしょう。

5. 忘れてはならない人間の甘さや弱さ

セレクティブ・アテンション・テストをご存知でしょうか。代表的な実験動画では、「白いシャツのチームが何回パスをするか数えてください」と指示したあとに、黒いシャツと白いシャツのチームが入り乱れながら自分のチームメイトにパスする映像を見てもらいます。パスが続く中、ある大きな障害物が横切るのですが、それに気づくかどうかが本当のテストです。私の経験で言えば、気づく人は2割前後でしょうか。

人間は、脳機能の処理能力の限界で認知ミス、記憶ミス、判断ミス、動作ミスが避けられません。リスクに直面すると都合の悪い情報を無視・過小評価します。自分が失敗すると外部に原因を求めます。集団のなかにいると影響力のある人に同調したり、他人任せになったりします。つまり、自分の負担やリスクになることから目をそむけ、自分の都合がいいように現実を解釈するので、無意識のうちにミスや問題を引き起こしてしまう傾向があります。

また、手を抜きたい、手に入れたい、自分を守りたい、という気持ちは誰にでもあり、周囲にバレない環境があると、実行に移してしまう可能性はあります。不正行為は、①機会、②動機、③正当化という不正リスクの3要素がそろったときに行われるという犯罪学理論(不正のトライアングル理論)もありますが、不正行為を犯した理由は、「バレないと思ったから」との回答が圧倒的に多いのです。

問題があったら早く通報・相談して欲しいと伝えてもその通り動きません。上司や先輩をがっかりさせる、周囲からの評価が落ちる、提供した情報に誰が触れるかわからない、周囲から裏切り者と見られる、報復やイジメを受けるかもしれない、などいろいろな不安が先に立つからです。

会社の内部統制システムは、こうした人間の甘さや弱さをスタートラインとして、どうすれば重大なミスや不正を牽制し、また仮に発生しても早期に把握・対処できるか、ハードウェア(規則・手続)とソフトウェア(人間)の両側面から考えることと、規則・手続は極力増やさず、管理運用の充実や自助努力の評価で効果を上げることが肝要であると私は思います。

6. 「仲良しクラブの職場」はなぜだめなのか?

地方自治体や外郭団体で、普段は目立たない職員が多額の資金を横領する不祥事がときどき発生します。公表されている調査報告書によると、団体の経理を本人だけに任せ、管理者が報告を求めず、異常な事態がわかってからも原因追及や注意・指導を行っていないケースがめずらしくありません。

おそろしいのは、そうした任務怠慢の背景に、職員間のなれ合い、遠慮、事なかれ主義、不干渉など職場の規律低下が影響している点です。良識ある人々でも集団になると、他人任せになったり、有力者に同調したり、逸脱者を排除したり、果ては自集団を万能・無敵と感じて信じ難い決断を下したりします。読者のみなさんも心当たりがあるのではないでしょうか。これらは行動心理学の実験でも確認されている人間の無意識下の行動です。

コンプライアンスは、役員や社員を清く正しい人間に変革することではありません。人間の意識や価値観は簡単には変わりませんし、無意識の行動は注意してもとまりません。ですから、人間は誘惑に弱いこと、注意しても限界があることを前提に、監督・牽制や賞罰によって「望ましい行動」に集約していく経営プロセスがコンプライアンス活動の本質だと私は思います。

「なれ合い」や「遠慮」は、不祥事を生んだり、問題の表面化を遅らせたりする諸悪の根源です。理想とされる風通しのよい職場は、仲良しクラブの意味ではありません。「これ、ちょっと確認してくれる? 」と頼めて、「ありがとう、注意してくれて助かったよ」と素直に感謝し合える職場の意味です。そうした大人の組織であれば安心して働くことができますね。

7. 従業員の満足度を上げればコンプライアンス違反は起こらない?

以前、老舗の洋菓子メーカーの食品安全・衛生管理に世間の批判が集まる事件がありました。専門家の間ではリスク・コミュニケーションに失敗した事例と評価されています。公表された信頼回復対策会議の最終報告書では、衛生管理よりもコストダウンや生産性を重視する経営者の本音を社員が斟酌して、「何を提言しても変わらない」というあきらめが蔓延していた、と述べられています。

経営者や上司を尊敬できず、仕事や職場への誇りや愛着もなければ、馬鹿馬鹿しくなった社員が自分勝手で無責任な行動に走るのは想像に難くありません。そのため、従業員の満足度を向上させて、この企業でずっと働きたいと思ってもらえば不祥事は減少すると考える識者もいます。

しかし、こうした考え方に私は賛成しません。現実には、会社や上司に不満があっても、自分と家族の生活を守る気持や素朴な正義感から「心のブレーキ」を踏んでいる人が多いと思います。その一方で、地位も収入も恵まれているはずの幹部社員や成功者が、賄賂やインサイダー取引など、公私混同や破廉恥な犯罪に走るケースが次々報道されています。従業員の満足度と不祥事発生の確率との相関関係は証明が難しいのではないでしょうか。

実力のある人間は、組織に見切りをつければ黙って立ち去ります。文句ばかり言っている人間は、なにがあっても文句を言い続けます。人間の欲望には際限がありませんし、人間が一線を超えてしまう心理は簡単に解明できそうもありません。従業員の満足度をあげれば不祥事はなくなるという考え方は、そう考えて安心したい経営層や推進責任者の幻想に過ぎないと私は思います。

8. モラルの低下はどんなときに起こる?

某鉄道会社の駅員と車掌合わせて数十名がIC乗車券の記録を操作・加工して不正乗車を繰り返したとして処分される事件がありました。鉄道会社での同様の不正はあとをたちません。記録を簡単に操作・加工できる業務システム(内部牽制)にも問題はありますが、これほど多くの職員が同様の手口で不正行為を行う背景には、「インチキをしてもバレない」、「みんなやっている」、「この程度なら大目に見てもらえる」という空気が蔓延していたのではないかと想像します。

そうした規律の緩みが放置され、どんどんエスカレートした先に何が起こるでしょうか? 職場において手抜き、不正、黙認が注意・是正されませんと、他の社員にもどんどん伝染し、倫理観の麻痺や回避意識の低下が生じます。たとえば、交通費や各種手当の申請で、ちょっとしたズルが先輩から後輩に代々引き継がれ、その組織内では既得権化していることも珍しくありません。

職場の規律を緩めないことは中間管理職の重要な職務ですが、中間管理職に余裕がなくなってしまった現在の日本企業では、こうした職場規律の崩壊や通常では信じられない不正行為が増えているように思います。そうした管理職は口をそろえて「まったく気付かなかった」と言います。でも、それでは管理職の職務放棄です。バレないと部下に感じさせた管理職は、部下を犯罪者にしているのと同じです。

職場の会話で、「何が正しい判断か」ではなく、「バレるかどうか」「どこまでなら許されるか」等の発言が増えてきたら要注意です。内部告発の時代ですから、組織内の問題行動は必ず外部に露呈します。仮に外部に露呈しても説明できるレベルに抑えて行動するのが良識ある判断だと私は思います。

9. 現場が欲しいコンプライアンス情報とは

社員向けの研修では、どこを改善目標とし、現場が求めるいかなる情報を、どのような形で提供するか、事務局と講師が十分相談して準備することが大切です。外部講師を呼んで、講話を聴かせるだけでは、ヒト、モノ、カネの経営資源を有効に使っているとは思えません。

例えば、管理職を対象に労働時間管理の研修を開催するとします。一般的には、人事スタッフか外部講師が説明役となり、労働時間の解釈や、法定労働時間、時間外、休憩、休日等の諸ルールを解説します。ひと通りの基礎知識を学習してもらうことは必要ですが、ここで大きな壁がふたつあります。

ひとつめは、受講者に興味を持ってもらうことです。そのためには、過去に問題となった事例を使って、グレーゾーンの解釈・対応、イレギュラーな事態の解釈・対応などをチーム討議してもらうのが有効です。教科書的な説明や他社事例は他人事に聞こえてしまうので極力減らす方針が良いでしょう。

ふたつめは、判断・対処すべき事態に直面したときにどのように動けばよいかを理解してもらうことです。正確な解釈はできなくても、そのままやり過ごさずに、なにかルールあったはずだと立ち止まって、しかるべき部署等に確認してもらうことが適切な目標設定だと思います。そのためには、立ち止まるべきポイント、確認先・相談先を単純化して提供するのが有効です。私は、チェックリストやフローチャートを用意して説明します。

現場の社員はコンプライアンスが嫌いなわけではなく、実践的で本当に必要な情報を求めているのです。推進責任者は、現場の御用聞きであるべきと私は思います。

10. 経営や上司にコンプライアンス違反の疑いが!

北海道の食品加工卸業某社の品質偽装表示が元常務取締役等の内部告発によって新聞やTV で報道され、警察や行政・自治体が調査・処分に動いた事件がありました。社員を全員解雇した同社は翌年倒産しました。

内部告発した元常務取締役は、NHKの番組「たった一人の反乱」(2009年12月1日放送)で「保健所にお灸をすえてもらって社長が改心してくれれば十分だった」、「失うもの多く、得るものなし、むなしい」、「これほど大騒ぎになるとわかっていたら静かに消えていった」、「追い詰められてやった、ヒーローと解釈してほしくない」と司会者に気持ちを吐露していました。この言葉に内部告発の真実があると私は思います。

この元常務取締役が頼りにしていた保健所が最初から逃げ腰で、調査できない理由を次々と並び立てる場面は、誠実な告発者が犠牲になる日本社会の根本的要因を象徴しているように思います。また、当初は複数の退職者で告発グループを形成していたものの、最後には元常務取締役一人の奮闘になるくだりは、地縁の強い地方で内部告発する難しさを示唆しているのではないでしょうか。家族が親戚や同業者から嫌がらせを受けるシーンも日本の村社会のおぞましさが良くわかります。

組織や社会のためを考えて問題提起する勇気は立派です。しかし、自分の人生や家族の生活を守ることはそれ以上に大切です。加えて、告発者の知らない事情もあるので、偏った見方におちいって自分が加害者になるリスクも否定できません。また、通報を受けた側の事実調査が不適切だったり、プライバシーや秘密の管理がずさんだったりして、告発者が窮地に立たされている事態も少なくありません。

経営や上司のコンプライアンス違反に困ったら、口の堅い役員や先輩に相談し、自分の見方が偏っていないかを判断してもらったうえで、情報源がバレないよう上手な対応をお願いするのが現実的な方法ではないでしょうか。それが難しければ、じっと沈黙を守るか、リスクを覚悟で専用窓口や行政機関への告発を考えるか、自分で決めるほかありません。少なくとも、他人から求められても容易にできることではないことは確かです。

内部告発の有用性は否定しませんが、決して「安全な解決方法」ではありません。下位の社員が組織で生き残るには、見ざる聞かざる言わざるが賢明なときもあります。コンプライアンスを錦の御旗に内部告発を安易にあおる風潮に私は怖さを感じています。

11. 相手の心に響きやすいコンプライアンスの指導とは

ある有名企業では、社内研修の受講者アンケートに、「業績が厳しいときにコンプライアンスどころではない」、「本社は現場の実情をわかっていない」という回答が増えてきました。この活動の失敗はどこにあるでしょうか? それはコンプライアンスを「仕事とは別にあって仕事を制約するもの」と社員に理解させてしまっている点だと私は思います。コンプライアンスは仕事が備えるべき品質であって、「コンプライアンスなくして仕事なし、企業なし」(槍田松瑩三井物産元会長の言葉)という考え方が説明の中心になければ意味を成なしません。

コンプライアンス違反の状態で育ち、それに慣れてしまった人間には、自分の行動の問題性がわかりません。これを上手に伝えるには、頭ごなしに叱るのではなく、聞き手が自分自身のメリットを感じる説明が必要です。人間は、自分に降りかかる痛みや怖さを実感できなければ、問題に取り組む動機が形成されません。些細に思っていることがどれほど深刻な事態に発展するか、人間として信用を失ったら自分と家族の生活がいかに崩れてしまうか、といった点に重きをおいて説明するのです。

また、「組織から不幸な人間を絶対に出さない」という経営者や管理職の覚悟が明確に伝わることも重要な条件です。例えば、長時間労働が健康に良くないと説明しても、まだ病気になっていない現場は、「残業して努力する献身的な社員」を演じて残業代を確保し続けるでしょう。業績より社員の健康を優先する施策を経営が導入しない限り、言葉だけでは現場は信用しません。お客様や裁判官はだませても、社員は絶対にだませないと私は思います。

12. 健全な職場を作るための管理職の役割って?

ある有名企業の子会社の食品事業部で、仕入代金の水増しを含む架空取引が長期にわたって行われてきた事実が発覚しました。親会社の発表によれば、不適切な取引の発見が遅れた背景には、事業に対する役員・上司らの業務知識・経験の不足、問題のある取引でも担当者任せにしてきた無関心、役員・上司のコンプライアンス意識の希薄さがあったようです。

管理職が「見ているぞ」というメッセージを送り続ける牽制も大切ですが、健全な職場を作るうえで私が特に強調しているのは、不正やミスが発生したとき、すぐ上司に申告・謝罪し、事態の回復に尽力・奔走することで自分の信頼を守るように、日頃から上司と部下が会話を重ねておくことです。人間は弱い存在なので、ミスや誘惑は避けられません。やってしまったことを責めるのではなく、どうやって傷を最小限にとどめるかを教えることが本人と企業を危機から救います。

加えて、いざというときに、ペナルティを受けるかもしれない報告や相談をしてくれる太い信頼関係が不可欠です。本人が知られたくない箇所まで干渉してはいけませんが、家庭の事情を理解したうえで、仕事の評価、本人の成長、家庭生活とのバランスよく配慮しなければ、この人なら力になってくれる、この人なら相談できると思ってもらえません。そのためにも、管理職が部下一人ひとりの価値観や生活の事情を理解し、よき相談相手として人間関係をしっかり築くことが大切です。部下一人ひとりの働きやすさのために自分から動く上司でなければ、健全な職場や組織は作れないと私は思います。

13. 不祥事は誰の責任なのか?

重大な不祥事が起こると、組織が調査結果を公表し、経営トップが引責辞任し、行政や司法が法的責任を追及するのが通例の展開です。その際には一定のストーリーを作って特定の誰かの責任にします。でも、組織で働いている皆さんは、そんな単純な話ではないことをよくわかっているはずです。

例えば、経営トップからの厳しいプレッシャーを背景に事業部門が業績を粉飾したとします。もし、経営による徹底した合議、知恵のある組織長、意識の高い担当者のいずれかが声をあげていれば、その粉飾は防げたかも知れません。トップや上司に逆らえないと言っても所詮は自己保身にすぎません。

経営層が密室で不正を画策する特殊なケースもありますが、多くの不祥事は、無関心なトップ、部下を見ていない管理職、決められたとおりに動かない担当者という構図のなかで発生しています。そして、問題行動を横目で見ていながら声をあげない他の管理職や社員の存在も考える必要があります。組織の不祥事は縦横の共同行為であり、仕組みの脆弱性であり、だからこそ組織ぐるみと指摘されると反論が難しいのです。

ところで、実行者や監督者が処分される際、それを止めなかった自分にも責任があると考える管理職や社員がどれだけいるでしょうか。嵐が通り過ぎるのを待ち、ほとぼりが冷めたら忘れてしまう。経営層も現場もその繰り返しのような気がします。組織のコンプライアンスは、経営理念や行動規範で背骨を作り、経営・管理・現場の各階層が連携することで維持・向上します。特定の誰かの責任にするコンプライアンス活動は本物でない気がします。

14. コーポレート・ガバナンスの取り組みは美人コンテストなのか?

日本企業の取締役・監査役の多くは、会長・社長の実質的な部下である内部昇格者で構成され、選解任も社長OBの影響力など不透明なプロセスが少なくありません。意思決定は常務会や空気感のなかで進み、取締役会は「追認の儀式」に過ぎません。業務執行は些末なことまで取締役会に上程し、自身の責任を希釈しようとします。このように経営が業務執行の監督機能を果たさないのは勿論のこと、ビジョン、中長期計画、経営層の評価・選解任・報酬決定、中核人材の確保、株主への説明責任など、経営の本来のアジェンダが放置されたままになっているのが実態だと思います。

このままでは成長路線に乗れず海外からの投資も逃げてしまうということで、政府主導のガバナンス強化論が始まりましたが、問題意識のないところに御上(おかみ)から上場規則、ガイドライン、コード類が降ってきたため、形式主義や美人コンテストと勘違いする経営者があとをたちません。

社外取締役や社外監査役を増やしても経営計画が格段と充実したり、売上・利益が急増したりする訳ではありません。本来のアジェンダが適正に議論されていることを確認(誘導)する役割を引き受けてもらい、経営層の評価・選解任・報酬決定の重要プロセスを委ねることで、株主や社会に顔を向けた「透明性のある経営」「攻めの経営」を期待しているのです。

でも、本当に怖いのは、時間経過のなかで、上場規則、ガイドライン、コード類が取締役・監査役が善管注意義務を果たしたかどうか裁判で判断する実質的な基準に変容しているのに、それに気づかず従来の行動を無批判に踏襲する役員が圧倒的な多数を占めていることです。

経営をガラス張りにして外部に鍛えてもらう覚悟が経営トップになければ、ガバナンスは天に唾を吐くようなものだと思います。そこまで本気の会長や社長にはめったにお目にかかれない、というのが私の本音です。

15. 不祥事の危機対応で成否を分けるものはなにか?

危機対応は、ステークホルダーの利害や安全に関係する事項を手際よく調査・整理し、こちらから自主的に情報を説明し、質問・相談の機会を十分設け、最後まで丁寧に対応することに尽きます。裁判ではありませんので、論理性や確実性に固執せず、相手の感情と対応のスピードを重視すべきでしょう。

失敗しているケースの多くは、社内評論家ばかりで行動を牽引する人がいない、調査の範囲やレベルが不十分で説明に堪えない、損害賠償を請求されたら等の自社のリスクの心配が先行する等、初動における基本姿勢に原因があります。それが外部の人々には、逃げている姿、隠している姿に映り、強い批判が集まります。

説明が二転、三転する事態は避けるべきだという考え方もありますが、その可能性を伝えつつ、スピードを優先したほうが成功率は高いと私は思います。率直に言えば、ステークホルダーは、起きたことや誰の責任かなど、あまり興味がありません。そうではなく、このまま放置するとどれほど悪い影響が誰に生じるのか、それを回避する為に会社はいつまでにどのような対策を打つのか、個別に質問・相談があればどこに連絡すれば良いかといったリスク・コミュニケーションを求めているのです。

そこを曖昧にした説明・公表は逆効果ですので避けなければなりません。外部の人々の方が社員より詳しく知っているケースはめずらしくありません。黙っていればバレない、と言うことはありません。まだ伝えられない事情があればそれを説明し、いつまでに伝えられるよう努力するかを約束すべきでしょう。